守護霊守護神にぴたっとくっついていましょう

                     < 世界平和の祈り >

                  世界人類が平和でありますように
                  日本が平和でありますように
                  私達の天命が完うされますように
                  守護霊様ありがとうございます
                  守護神様ありがとうございます




< 五井昌久著 「 素直な心 」
   83ページ3行目から89ページ4行目まで より抜粋>


『  私の宗教の根本は何かというと、

あなた方が今悪いのも、
あなた方が今病気なのも、
貧乏なのも、
不幸なのも、

今あなたが悪いんじゃなくて、
前の世からのあなたの想いが、神さまを離れていた想いが、
現われて消えてゆくんですよ、ということです。

消すのを手伝ってくれるのは誰かというと、
あなたを守っている、あなたの魂の親である祖先の悟った霊である守護霊である。

その守護霊の上には、直霊の分れである神さまの分れである守護神がいて、
守護霊の足りないところを手助けしてくれて守っているんだ。

それをあなた方は知らないで、
今、あなた方の心が悪いと、自分が悪いと思う。

人が自分に悪くすると、あいつは悪い奴だという。

しかし、あいつが悪いんでもなければ、
こいつが悪いんでもなければ、
自分が悪いんでもなくて、

お互いの神さまから離れた想いが、
因縁因果の波になって、業になって、
お互いが争ったり、憎んだりしているんだ。

お互いの業と業がぶつかるその姿を見て、真実の姿だと思い、
人間の姿だと思っている以上は、あなたの幸福はないんですよ、というのです。

ところがふつうの宗教はその反対でしょう。

お前の心が悪いからお前の運命が悪いんだ、
だからお前の心を直しなさい、とこういうわけです。

これは本当にご尤だよ。
ご尤だけれど、そんなに簡単に心が直るもんじゃないんですね。

お前神経質だから、その神経質を直さなければダメだ、
神経質を直しなさい、といわれたって、ハイ直りました、
というわけにはいかない。

ハイそうですか、明日から直しましょう、
なんてそんなわけにはいかないでしょう。

恐怖心の強い人が、
お前驚いちゃいけないよ、恐怖しちゃいけないよ、
恐怖するからお前の運命は悪いんだ、といわれたって、
明日から恐怖がなくなるわけじゃないですよね。

そんなに簡単に出来ていない。
業というものは、積み重なっているのだからね。

前生、前々生から永い間つながっているのだから、
そんなに簡単に癖が直るもんじゃない。

では一番いい直す方法はどうしたらよいかというと、
いつでも自分は神さまに守られている者だ、という想いを強くすることです。

何故ならば、神さまの中に入っていれば、恐怖はなくなります。

神さま神さまと思っていれば、
短気なら短気の想いが出ても、あっしまった、とこう思いますね。

あっ神さまごめんなさい、
ああこれは業の消えてゆく姿だ、
神さま有難うございます、という風に思えば、

それに把われないで、
想いは想いでぐるぐる廻って消えてゆきますわね。

私は臆病なんだと思っている以上は臆病は直りません。

私はいくじがないんだ、と思っていては、
いくじがないのは直りませんよ。

いくじがないも、臆病も、神経質も、短気も、傲慢も、
そういうものはいっぺんそのまま放っておいて、

ただひたすら守護霊さん守護神さん有難うございます、
と思いなさい、というんです。

そうしますと、守護霊というのはそばにくっついているんだから、
守護霊さんが消してくれるのです。

守護霊というのは人間にくっついているのです。

ひょうたんのようなの。

守護霊の光が大きいでしょう。
肉体人間は小さいんです。

逆さひょうたんの形なのです。
上が大きくて下が小さいんです。

守護霊さんに感謝していれば、
大きいほうから光がスウスウと流れて入ってくるんです。

そして肉体人間のほうは力が出てくるんです。

それで人間の内部、奥には直霊があるんです。

奥というのは上なんだ。
内部というのは天なんですよ。
この心の中から天につながっているんです。

直霊というのがある。
人間、人類の一番の力のもとです。

その分れが分霊で皆さん。

形の世界の方では上に守護霊がついている。
その上に守護神が更に大きくついている。

それで中の分霊の力を一生懸命出そうとして、
向うから年中、光の注射をしている。

ところがほとんどの人は、
自分に守護霊がついて一生懸命守ってくれているとか、
守護神が守ってくれているとかいうことを、わからないんです。

だから自分の運命が悪くなるとだめになってしまう。

それで、よし救ってやる、うちの神さまを拝め、
なんていわれるとついてゆく。

何か知らないけどお経かなんか上げたりする。
そんなことだけじゃ救われませんよ。

何故かというと、
自分の神さまの姿、自分の神性というのを一番よく知っているのは、
自分の守護霊であり、守護神なんです。
自分なんですよ。

ひどいのがあるんですよ。
あなたに良い守護霊をつけてあげます(笑)。
バカいっちゃいけないよ。
自分の魂についているのに、いい守護霊もへったくれもありゃしないでしょう。

始めっから、オギャーッと生まれた時から
守護霊がつき守護神がついているんですよ。

守護神、守護霊、分霊と三位一体となって、
この地上天国を創ろうと思っているんです。

それをみんなに知らせなさい、と神さまは私を使っていらっしゃる。

私は一生懸命、守護霊だよ、守護神だよ、
こうやってああやって守っているんだよ、といつも話しているんです。 』



< 感謝の言葉 >

皆様、ブログを見て下さってありがとうございます。

五井先生は、今回書かせて頂いた文章の終わりの所で、
「 みんなに知らせなさい、と神様は私を使っていらっしゃる。
  私は一生懸命、守護霊だよ、守護神だよ、
  こうやってああやって守っているんだよ、といつも話しているんです 」
と、おっしゃっていますが、
その話を聞くことができる私達は本当に幸せだと思います。
私は五井先生が説かれている守護霊守護神の話、即ち
神様が教えて下さっている守護霊守護神の話がとても好きで、
そういう所を繰り返し読んでいます。
五井先生の他の講話集の中に、次のようなお話もありました。

「 守護霊さん守護神さんと言っているのだから、
  業がこんなにあってもね、
  こっちから( 肉体人間側から )⦅ 守護霊さん守護神さん!⦆
  向うは《 助けたい 助けたい 》
  ⦅ 守護霊さん有難うございます!⦆
  《 助けたい 》
  と、こうやってゆくでしょ。
  だからぴたっとくっついてゆく。
  そうすると大きな業が出てくる場合でも小さく済んじゃうのですよ。
  一番運命をよくする方法は、
  守護霊守護神に感謝してね、
  いつも守護霊守護神にくっついていることよ。
  どんな悪い事があっても、どんな嫌な事があっても、
  守護霊守護神にくっついていることよ。
  そうすると守護霊守護神がうまーくきれいに消してくれるのです。
  そこで、守護霊守護神さん有難うございますと感謝しなさい、
  と、私はいつも言うのです 」
                     ( 「 責めてはいけません 」 42ページより )

私は以前、
数年患っていた不安神経症が悪化して、うつ病も併発し、
かなり苦しい時があったのですが、その時期に、
〝 守護霊守護神にぴたっとくっついている 〟という事を覚えました。
おかげさまで今は随分良くなっているのですが、
元気になってからくっつき方が弱くなったか、というと、
それどころか、今の方がもっと強く、くっついています。
守護霊守護神が、もうありがたくてありがたくて……
くっつかずにはいられない、という感じです。
今思えばあの辛かった時期というのは、守護霊守護神が、
業を一気に大きく消すのと同時に、
守護霊守護神にすがるきっかけを作って下さっていたのだと思います。

辛いこと苦しいことは、できれば無い方がいいですけれど、
皆様、もし、そういう事があったら、その時は
守護霊守護神に強くすがることができるチャンスの時でもあります。
辛い時というのは、必死になって強くすがろうとするので、
自然に守護霊守護神との一体感が深まっていきます。
大慈愛なる守護霊守護神の、いいようもないありがたさを、
涙が出るほど感じられるようになることは確かです。

最後になりましたが、

このブログを見て下さる全ての方の守護霊様守護神様
本当にありがとうございます

どうか、このブログを見て下さる全ての方の
天命が完うされますように

世界人類が平和でありますように



             世界平和

〝 世界平和の祈り 〟のスイッチを〝 ON 〟にしましょう

                     < 世界平和の祈り >

                  世界人類が平和でありますように
                  日本が平和でありますように
                  私達の天命が完うされますように
                  守護霊様ありがとうございます
                  守護神様ありがとうございます




< 五井昌久著 「 宗教問答 」
   135ページから137ページ8行目まで >

『  問47 世界平和なら、誰でも想っているし祈ってもいる、という人がいますが、
       先生が提唱される世界平和の祈りとは、どう違うのでしょうか。

答  世界の平和は、
    この人類の平常心の人ならば、誰しも少しは想っているでしょうが、
    それが真の祈りにまで高まっている人は、実に少ない数しかいないのです。

世界が平和だと良い、
戦争がないと良い、
天変地異がないように、
自分たちが幸福であるように、
とは、正気の人である限りは想っているに違いありません。

そして中には、
世界が平和でありますように、
戦争がありませんように、
と時折りは神に祈っている人もあるでしょう。

しかし、そうした想いや、そうした祈りと、
私の提唱している世界平和の祈りとは、
根柢的にまるで違っているのであります。

私の提唱している世界平和の祈りとは、
そのような力弱い希望的想いや、
懇願的祈りではないのです。

私の世界平和の祈りは、
この地上人類の今日の苦難あるを知っておられた、

大神様の分れであり、
守護の神霊の集いである救世の大光明(大救世主)に、
私共人類の業想念(迷いの想念)を、すべて投入してしまって、

救世主の大光明と、
地上人類の分霊的光明とを一つにつなげる祈りなのであります。

ただいたずらに、願望的に世界平和を想ったりするぐらいで、
この業想念に満ちている地上世界が平和になるわけがありません。

また、真剣に真摯に世界平和の祈りをする人々があったとしても、
その祈りが、この地上世界の悪想念、悪行為を認めながらの祈りであっては、
到底この世界が平和になりっこはないのであります。

私の提唱する世界平和の祈りは、
業想念世界に生活し、業想念の行為で生活する人間がする祈りではないのです。

業想念とは、この世には善もあり悪もあり、真もあり迷いもある、
という普通一般の人々の考え方でありますが、

私の祈りは、そうした考えを基にして神に祈るというような祈り方ではありません。

私の祈りは、神様の世界には、不和や闘争などはないのだ、
すでに平和そのものなのだ、

そして、人間はそうした神界に自分の生命の根源を置いているもので、
神の分霊なのだ、

だから、人間各自が、自己が神の分霊であることを悟りさえすれば、
自然に神の世界がこの地上界にも展けてくるのだ、
ということを根柢にして、世界平和の祈りをするのであります。

ところが、言葉でこう云われただけでは、
心からぴんとくる人はあまりいないと思われます。

そこで、法然や親鸞の教えた念仏行のように、
世界平和の祈りは、私と神界霊界を貫く、守護の神霊との約束事であって、

この祈りを祈りさえすればよいのだ、

どのような悪業想念所業の人であっても、
世界人類が平和で……と唱えさえすれば、
その人の周囲には、守護の神霊の大光明が輝きわたるのだ、

それは唱える人の業想念でやるのではなく、
人間内部の神の分霊と守護の神霊とのつながりによってなされるのであるから、

ただ、世界平和を祈ろうと想いさえすれば、
その想念がスイッチとなって、
内部の分霊の光と守護の神霊の大光明とが一つにつながって、
自己も光り、自己の周囲も光明に輝いてゆくのだ、

いかなる雑念が起ろうと、否定の想念が起ろうと、
守護の神霊につながるスイッチをひねりさえすれば、

つまり、世界人類が平和でありますように……と祈りはじめさえすれば、

あなた自身の分霊の光が、守護の神霊の光明とつながり、
あなたの業想念を破って外部にその光を放射しはじめるのだ、

自分の運命を悲観したり、自己の善い性質を否定したり、
自己の能力を否定したりする想念があっても、

それはそのままで、なんら世界平和の祈りに悪影響を与えるものではないのだから、
ただ一図に祈る心になっていさえすればよい、と説いているのであります。 』



< 五井昌久著 「 宗教問答 」
   140ページ8行目から141ページ4行目まで >

『 ところが自己が不調和や不満の心をもっていて、
神への感謝が出来るものではない、ということになってくるのでしょうが、

不調和や不満や貧苦病苦があるからこそ、
余計に世界平和の祈りが必要になってくるのであります。

≪ 中略 ≫

そこで不調和や不満の想念はそのままでよいから、
世界平和の祈りをしてゆくのです。

暗い部屋にいたら、
暗い暗いと不平を云っていないで、
すぐに灯をつければよい。

その灯が祈りなのです。

そうしますと、世界平和の祈りがもっている大光明の波動が、
その人の祈りの言葉のひびきにのって、
その人の霊体幽体肉体と流れ入ってきて、

その人も気づかぬうちに、
その不調和の状態、不満の想念(闇)が消え去ってゆくのであります。

これは理屈ではありませんから、
実行してみるとこの効果がよくわかってきます。

世界平和の祈りは、
自己を光明化すると同時に世界光明化に役立つ祈りなのであって、
往相と還相とを同時に現わすことになるのです。 』



< 感謝の言葉 >

皆様、ブログを見て下さってありがとうございます。

〝 平和になって欲しい 〟とただ想うのと、〝 世界平和の祈り 〟を祈るのとは
全然違う、という事は、五井先生の他のご著書にも書かれています。
2016年6月15日のブログの文章と重複しますが、引用させて頂きます。

「 想いというのは、あく迄、三界(肉体界、幽界、霊界の下層)の世界の、
  つまり横の波のひびきでありまして、
  これが縦に働きかけ三界をぬけきりますと、
  神のみ心とのつながりができてくる、いわゆる祈りになってくるのです 」
                          ( 「 愛すること 」176、177ページより ) 

「 想いというのは、三界をぐるぐる回っているだけで、
  神のみ心に入ってゆきませんが、祈りというのは、
  想いを光り輝いた汚れのない神のみ心の中で浄化していただき、
  神のみ心を、自己の中に流し入れる方法です。
  ただ平和を想うのは汚れの中に心をひたしたままで平和を想うのでありまして、
  世界平和の祈りをするのとでは、大きな相違があるのです 」
                    ( 「 愛すること 」166ページより )

「 神霊の世界と肉体の世界との間に幽界という階層がありますが、
  この世界には、肉体人間の様々の欲望の想いの波が蓄積されていまして、
  その様相を具体的に観ますと、
  戦争とか天変地変とかいう状態ができあがっているのです。≪ 中略 ≫
  先程から平和を想うだけではいけないというのはこの事をいっているので、
  幽界にできあがっている、戦争や天変地変をまず浄めさらなければ
  どうにもならないのです。≪ 中略 ≫
  この幽界の浄めは、神霊の光明を流し入れて浄めるより方法がありません。
  それをするのが、祈りなのであります。そして世界平和の祈りは、
  この地球世界を平和にしようとして専門的に働いておられる
  救世の大光明の働きを、最も容易にするために、
  神界の指示によって、できあがった祈り言(いのりごと)なのです。
  ですから世界平和の祈りをするところに、救世の神々の光明が流れ入って、
  幽界を浄め肉体界を浄めて下さるのです 」
                      ( 「 愛すること 」169、170ページより ) 

〝 神界の指示によって、できあがった祈り言 〟と書かれています。
これは、五井先生が肉体の頭で考えたのではない、という事ですね。
つまり、人類救済のために働いておられる神々様が、
「 世界平和の祈りを祈れば、必ず救世の大光明が輝き渡り、
  祈る人と世界人類とが同時に浄められてゆく 」
ということを、約束して下さったのです。

今回ご紹介した文章の中に〝 スイッチ 〟という言葉が出てきますが、
これはとても分かり易いと思いました。
部屋のあかりをつける時、スイッチを〝 ON 〟にするとつきます。
病気の人でも悩んでいる人でも、泣いていても怒っていても、
どんな状態でスイッチを入れても部屋のあかりは必ずつきます。
力を入れる必要もなく、只スイッチを〝 ON 〟にすればよいわけです。
それと同じ事ですね。 しかし……
世界平和の祈りのスイッチの凄いところは……
〝 ON 〟にした時、自分の部屋のあかりだけがつくのではなく、
世界人類という大きな部屋のあかりが同時につくのです !!


最後になりましたが、

このブログを見て下さる全ての方の守護霊様守護神様
本当にありがとうございます

どうぞ私達の天命が完うされますように

世界人類が平和でありますように



             世界平和

どんな想いも世界平和の祈りの中へ入れて行動しましょう

                     < 世界平和の祈り >

                  世界人類が平和でありますように
                  日本が平和でありますように
                  私達の天命が完うされますように
                  守護霊様ありがとうございます
                  守護神様ありがとうございます




< 五井昌久著 「 霊性の開発 」
   177ページから188ページ2行目までより抜粋 >

『 先生は安保改訂反対なのですか、賛成なのですか、
という質問を度々受けるのですが、

私はそうした問そのものに対しては、
はっきりした答をしたことがありません。

何故はっきりと答えないかと申しますと、

私の立っております立場は、
現在までの地球人類の在り方を、
一度びは根本から否定した立場に立っておりますので、

そうした時間的に現われてきた問題の善悪を論ずる必要もなければ、
そのような問題の賛否を云々する必要もないのです。

私の主張しておりますことを改めて申し上げますが、

肉体をもったこの地球上の人間たちが、
神を離れた相対的感情の業想念波動の渦の中で、
いかに善さそうなことを考え、こちらが善い、あちらは悪いと、
自己の思想や行動を強調したところで、

それらの思想や行動は、
あくまで、大生命(神)の流れを、
二つにも三つにも分断した思想や行動であって、
お互いが相手を抑圧する力を結集しようとしている姿に他ならないのです。

人類の等しく望むところは、
人類の恒久平和であり、大調和した姿であります。

人類は常にそうした平和世界を希求しながら、
不思議と闘争の渦を抜けきれず、
戦争の災禍を度々蒙ってしまっているのです。

一体それはどうした欠陥によって起る現象なのでしょうか。

それは人類が、自己の本体の何たるかを知らなかったからであります。

いいかえれば、
人類が絶対なる智慧であり、
完全円満なる統一、
大調和なる神の分生命であり、
神の子たちであることを忘れ去っていたという、
智慧の欠乏によって起った現象なのです。

神を離れた、肉体人間の智慧や力で、
地球界の存立が保たれ得る、と思っているとしたら、
これはとんでもない肉体人間の思い上がりなのです。

変化消滅するこの現象の消えてゆく姿を把えて、
善だ悪だといっていたところで、
相対世界はあくまで、消えてゆく姿で、
真実の神のみ姿である、人類平和が達成できるものではありません。

世界人類の平和をつくるためには、各個人が、
自己にまつわっている業想念を消滅する方向に全力を挙げていなければ、
とても世界人類の平和などできるわけのものではないのです。

自己の業想念をそのままにして置いて、
愛国だの、平和だのといっても、
これは実におかしな話になるのです。

肉体人間は、
自己の生命の親である神のみ心の中に、
一度すっぽりと自己を還元させてしまわぬと、
どうしても業想念の波にさらわれてしまい、
自己の天命が完うできにくくなるのです。

その点を昔から宗教者が種々な方法で説いているのです。

私の方法は、
世界平和の祈りの中に、自己の全想念を投入して、
世界平和の祈りの方から、
改めて自己の全生活を頂き直してゆくという方法なのです。

そう致しますと、
神のみ心が素直に肉体人間の我を通して行動となって現われてくるのです。

私たちの同志は皆この方法で、
力まず気ばらずに、生れ更ったように立派な人間になってきているのです。

それは世界平和の祈りの根元である、
救世の大光明の真善美の光明に
日々業想念を洗い落されているからであります。

祈りなどというそういう観念的な行動でどうして世界が救えるか、
といっている人もありますが、

祈りを除いた他の方法で世界が救えると思っていることが、
迷信なのであります。

祈りとは、生命(いのち)の宣言であり、

人間の生命を大生命(神)のひびきと全く一つにして、
人間の本体である神の子本来の使命を
素直に果すための行為なのであります。

現代の人類は、全く逆立ちして歩いているのです。

それは肉体人間というものを、最も能力のあるように考えていて、
神だの仏だの霊だのというものを、
ほんの肉体人間の思想の一部の存在としか考えていないことであります。

これは全くの顛倒妄想でありまして、

神がすべてのすべてであり、
人間というものは神の分生命であり、
霊が主なる存在者であって、
肉体とは霊魂の入れ物に過ぎないのです。

私は、はじめから肉体人間の自己は凡愚なり、
と親鸞式に捨て切ってしまって、

全想念を神に返上し、
神のみ心の方から生れ更って、
世界平和の祈りの使徒として、働かされているのですから、
その場のがれの政治政策には、なんの関心も持たないのです。

もし、自己の立場上、
どうしても現象的な賛成反対の渦中で生活しなければならない人々は、

世界平和の祈りの心のまま、
その時の想念(おもい)のむくまま、
賛成なり反対なりしたらよいと思います。

その時の行為は、
あなたの背後の守護の神霊が、
そうした業(カルマ)の渦の浄めとして、
あなたにその想念を送ったのであります。

世界平和の祈りから発した想念行為は、
只単に自己の頭脳の働きとして発せられた想念行為とは全然異なる、
光明化した行動となっているのです。 』



< 感謝の言葉 >

皆様、ブログを見て下さってありがとうございます。

今回書かせて頂いた文章の中で、五井先生(1916~1980)は、
「 うつり変る、変化消滅するこの現象の消えてゆく姿を把えて、
  善だ悪だといっていたところで、相対世界はあくまで、消えてゆく姿で、
  真実の神のみ姿である、人類平和が達成できるものではありません。
  世界人類の平和をつくるためには、各個人が、
  自己にまつわっている業想念を消滅する方向に全力を挙げていなければ、
  とても世界人類の平和などできるわけのものではないのです。
  自己の業想念をそのままにして置いて、愛国だの、平和だのといっても、
  これは実におかしな話になるのです 」
とおっしゃっています。つまり、
人類がこれまでに積み上げてしまった業想念が、幽体幽界に溜っていて、
その業想念が、〝不幸のもと〟になっているのだから、
この世の現象だけを把えて〝ああだこうだ〟とやっていても、
〝不幸のもと〟を消滅させない限りは、いつまでたっても、
争い、天変地変……不幸な事はなくならない、ということですね。

その〝不幸のもと〟である業想念を消滅させる方法が、
「 世界平和の祈り 」なのです。

私がもし、五井先生の教えを知ったばかりの政治家だったら、
「 五井先生のおっしゃることはよく理解できるけれど
  そんなこと言ったって、実際、現在起こっている色々な問題に
  どんどん対処していかなければならないのに、どうすればいいの? 」
と思ったかもしれません。

五井先生は今回の文章の最後の方でこう書いて下さっています。
「 もし自己の立場上、どうしても
  現象的な賛成反対の渦中で生活しなければならない人々は、
  世界平和の祈りの心のまま、その時の想念(おもい)のむくまま、
  賛成なり反対なりしたらよいと思います 」

ある講話集の中ではこのようなお話もして下さっています。
「 ああ、いい考えが出たけれど、これを神様の中へ一遍入れましょう、
  と世界平和の祈りを通して入れ、そして改めて行動するのです。そうすると、
  今までいい考えだなあ、と思っているのが実はそうでない場合もある。
  悪い考えだなあと思っているのが実はそうでない場合もある。≪ 中略 ≫
  だから、いつもいつも自分の想いを、どんな想いでも、
  一遍世界平和の祈りの中へ入れて、それから出直しなさい。
  それが世界平和の祈りの功徳なんです 」
                            ( 「 永遠のいのち 」 24、25ページより )

最近、衆議院選挙の報道で、政治家の方々がよくテレビに映るので、
それを見ながら「 世界人類が平和でありますように ―
どうか、全ての政治家の方々の天命が完うされますように ― 」
と、心の中でお祈りしています。
政界にも、もの凄い救世の大光明が
限りなく流れていっているに違いありません。

最後になりましたが、

このブログを見て下さる全ての方の守護霊様守護神様
本当にありがとうございます

どうぞ私達の天命が完うされますように

世界人類が平和でありますように



             世界平和

まず日本人全体の心を一つにしましょう

                    < 世界平和の祈り >

                  世界人類が平和でありますように
                  日本が平和でありますように
                  私達の天命が完うされますように
                  守護霊様ありがとうございます
                  守護神様ありがとうございます




< 五井昌久著 「 続宗教問答 」
   232ページ11行目から240ページ2行目までより抜粋 >

『 問145 只今、日本では安保条約継続か破棄の問題について、世論が二分されています。
       この問題に対して、宗教者はどのように思っているのか、
       先生のご意見をおきかせ下さい。

答  安保条約改定の問題より先に、
    安保条約というものが必要なものであるのか、どうなのかという問答が起り、
    それから改定の賛否ということになってくるのでしょうが、

この問題は人間の在り方をもっと深い根本的なところから考え直さなければ、
安保条約という一つの問題が、改定されようと、改定されまいと、またそのまま破棄されようと、
日本の平和、人類の平和がきずかれてゆく道に入るというわけにはゆかないのです。

ですから私のように、
真実の世界平和、つまり霊魂の救われと、
肉体人間としての平和生活とを
共に成しとげるための運動に全霊をあげているものは、
そうした表面上の問題が右しても左しても、
どちらをもプラスとは考えていないのです。

それはどちらにしても業想念の消えてゆく姿としての問題だからです。

現在の日本人のまず一番先に考えなければならないことは、
安保条約問題ではなくして、
日本人全体が心を一つにするということなのであります。

今日のように、各自が自我欲望で蔽われていて、
しかも、思想は二つにも三つにも分れ分れになっていて、
もうすでに国内的には戦争と同じような、
相手を憎しみの想念でやっつけあっている心の状態でいて、
どうして日本が世界平和に役立つ国になれるでしょうか。

私はここではっきり申し上げたいと思うのです。

日本の運命が進展するためには、
いずれの方にも敵をみない、
という思想に全国民を統一しなければ駄目だと思うのです。

敵をみないといっても、
実際に敵をみない、
自分に害する者や国を敵と見ないということは、
容易な修業でできるものではありません。

そうした人間の業想念を私はよく知っております。

そこで私は、日本人の全体の想いを、
世界平和を真実に願う想いに統一してしまったらよいと思うのです。

この想いは、親米派でも、親ソ派でも、唯心論でも、唯物論者でも、
誰の心の中にもある想いです。

世界平和を願わない者は、狂人の他は誰一人として無いと思います。

私がしきりに提唱している世界平和の祈りは、そこを狙っているのです。

日本人全体の想いが世界平和の願いに結集して、
朝に夕に世界平和の祈りを高々と唱えあげていてごらんなさい。

その結集した想念の波は、
他国からみたら、日本人の一致団結の姿に見えてきて、
ちょっとやそっとで、犯すことのできない、
厳然たる威力を自ら備えてくるのです。

そしてその祈り言を全世界にむかって宣伝するのです。

原爆の唯一の被害国であり、
水爆においても最初の被災者をもつ日本が宣伝する平和への絶叫こそ、
どこの国をも動かし得る大きな力をもっているのであります。

各自が種々な思想をもつのは、それは各自の勝手です。

また、各自が自己の身の安全を考えて、
各自に有利と思われる党や組織に入るのも勝手です。

私はそのことについてとやかく言おうとは思いません。

とやかく言うことは、絶対から相対に落ちることで、
敵を認めるのと同一であるからです。

各自の思想は各自の過去世からの因縁で、
その道を進むのを止めることは、相対的な力によってはでき得ません。

私はそうした思想行為の違いはひとまずおいて、
まず最初に世界平和を願う想いを、一つの祈り言として、
国内全部が揃ってやりつづけようではありませんか、というのです。

それは一つの歌を国民全部で歌うのと同じであって、
その声は万国にひびきわたるのです。

それが唯一の日本国内統一のやさしいやり方であるのです。

私の提唱しているのは、
世界人類が平和でありますように
日本が平和でありますように
私たちの天命が完うされますように
守護霊さん
守護神さん
ありがとうございます
という祈り言でありますが、

守護霊、守護神の存在を信ぜぬ方や、唯物論の人は、
守護霊、守護神への感謝の言葉を入れなくとも、
最初の三行の言葉だけでもよいでしょう。

最初の三行だけなら、
唯物論の人であっても常に心で想っていることなのですから、
なんの反抗も感じないことと思います。

ただ今日までその人たちも、
こうした系統立った言葉にして改めて想ったことがなかっただけです。

祈りによる平和運動に、日本人の心を結集することこそ、
日本を救い、世界人類を救う唯一の方法なのです。

この他に日本人の心を一つに結集する方法はありません。

この世界平和の祈りは、救世の大光明が輝きわたっている、
末法最大の容易なる祈りの方法なのです。

なんでもなく日常生活そのままででき得る方法で、
しかも日本を救い、
世界人類の平和達成を自然に成しとげ得るこの方法の他に、
国民の心を一つに結集し、
世界中の人々に成る程と肯かし得る方法を私は他に知らないのであります。  』



< 感謝の言葉 >

皆様、ブログを見て下さってありがとうございます。

今回の文章は、五井先生(1916~1980)が、
当時の安保条約の問題について、
米国ソ連中共、と国名をあげながら書いておられる所なのですが、
その中から〝極めて重要〟と思った文章を、
抜粋して載せさせて頂きました。
五井先生の他のご著書の中には次のような文章もありました。

「 人間の生命が一体どこから生まれてきたのかもわからぬ凡愚な知識で、
  しかも人間という者のほんの一部の現れしかわからぬ頭で、
  ああでもない、こうでもない、と他の行為を非難していて、
  それで道がひらけると思っているところが、実におかしな話なのであります。
  日本における安保条約改訂の問題でも、
  賛成にもうなずけるところもあり、反対にもうなずけるところがあるので、
  お互いの派が、お互いに自己を善しと主張するのも
  当り前かも知れないのです。しかし、どちらも
  日本を平和にする道でも、世界人類の平和を来らす方法でもありません。
  ≪ 中略 ≫
  どちらに定まったとしても、国論は二分あるいは三分四分したままで、
  お互いが敵対したまま進んでゆくわけなのです。
  ですから国論の統一などはできるものではないのであります。 」
                            ( 「 霊性の開発 」 184、185ページより )

続けて、今回ご紹介した文章の中からこの部分を書かせて頂きます。

「 私はそうした思想行為の違いはひとまずおいて、
  まず最初に世界平和を願う想いを、一つの祈り言として、
  国内全部が揃ってやりつづけようではありませんか、というのです。
  それは一つの歌を国民全部で歌うのと同じであって、
  その声は万国にひびきわたるのです。
  それが唯一の日本国内統一のやさしいやり方であるのです 」

私はここを読んだ時、一旦本から目を離して、
しばし空想にふけってしまいました。

【 各家庭で、各学校で、各職場で、世界平和の祈りが鳴り響いている……
  政界でも、各党で、各団体で、世界平和の祈りが鳴り響いている……
  日本中のどこへ行っても、高々と世界平和の祈りが鳴り響いている……
  日本中で一つの歌を歌っているように、無限に大きく鳴り響いている……
  ……ああ、そうなったらすばらしいだろうなあ…… 】

これをただの空想ではなく、現実のものとなるようにするためには、
まず私自身が、一瞬一瞬を守護の神霊に託しながら、
世界平和の祈りを祈りつづけてゆくことだ、と思いました。

「 守護霊様守護神様、どうか、世界平和の祈りを、
  いつもいつも、ずっとずっと、私とデュエットしていて下さい 」

そうお願いすると、ニッコリうなずいて下さった大慈愛の光は、
さらに大きく、さらに強くなったような気がしました。

最後になりましたが、

このブログを見て下さる全ての方の守護霊様守護神様
本当にありがとうございます

どうか、私達の天命が完うされますように

世界人類が平和でありますように



             世界平和

真の祈り

                    < 世界平和の祈り >

                  世界人類が平和でありますように
                  日本が平和でありますように
                  私達の天命が完うされますように
                  守護霊様ありがとうございます
                  守護神様ありがとうございます




< 五井昌久著 「 霊性の開発 」
   73ページ2行目から78ページ2行目まで >

『 自分が自分自身を救い、
自分が世界人類を危機から救う一人であるのだ、という自覚を、
まず貴方がもつことが第一なのです。

世界を救うという自覚を、
日本人の一人一人が自分の肚にもつこと、
それが、自分を救い、日本を救う第一のことなのです。

急にそんなことを聞かされても、
一体なんのことかわかりはしない。

自分のことさえ、
自分の子供のことさえ、
どうしてよいかわからぬのに、
世界のことなど持ち出されても、どうにもならない、
という人がたくさんありましょう。

ところが、私の説いている人類救済の方法は、
実に簡易にして、効果的な方法なのであります。

あまりやさしくて、簡単な方法なので、
そんなことで効果があるものか、と思われる人は、
他にどのような素晴しい方法があるのか、
私に聞かせて頂きたいのであります。

誰にでも出来る人類救済法、自己救済法は
一体どのような方法なのでありましょう。

それはたゆまざる〝祈り〟なのであります。
世界平和の祈りなのであります。

≪中略 ≫

祈りとは、以前にも申したように、
生命を宣(の)り出す、
生命を宣言する、
生命そのものになる、ということで、
神と一体になることであります。

神と一体になること以外に、
この世を救う道が他にあるでしょうか。

私は絶対にないと断言するのです。

≪ 中略 ≫

私が、何事をも超えて、祈りを強調しているのは、
人類の犠牲を、世界の惨事を、
より少なく済ませたいからなのです。

真の祈りなくしては、
この人類はかつてない最大の惨事を味あわされるのは明らかなのです。

では、真の祈りとは如何なる方法でやればよいのでしょう。

それは、私が提唱している〝世界平和の祈り〟なのであります。

世界人類が平和でありますように
日本が平和でありますように
私達の天命が完うされますように
守護霊様、守護神様ありがとうございます
という称え言です。

この称え言は、
世界人類を救済しようと働いておられる、
マイトレーヤ仏 (これは、釈尊が予言された、最後の救世主弥勒仏なのであります)
を中心にした守護神たちと、
私共の祖先の悟った霊魂たちとの協力団体、
即ち人類救済の大光明に
私共肉体人間が直結する祈りなのであります。

これは神霊側と約束されたことなのであります。

≪ 中略 ≫

肉体人間が、いよいよその神性を顕わす時が来ているのです。

神霊と肉体人間とが、
全く一つになってこの世界を救わねばならぬ時が来ているのです。

むずかしい宗教理論も、現世利益の宗教も、
もはや今の急場には無用になりつつあります。

現世利益即悟りであり、
悟り即人類救済でなければ、
急迫したこの世になんの役にも立ちません。

私は、こうした末法の世に役立つ為に、
この世に存在しているのです。

私が、今こうして書いている文意も、
常に話している言葉も、
肉体の五井昌久が、
個人として書いているのでも、
話しているのでもありません。

私は、常に神の器として文章を書き、
法話をしているのであります。

神は人類を救済しようと、
あらゆる手段で肉体人間に働きかけているのです。

あの人を使い、この人を使い、
ああもやりこうもやり、
一瞬の休みなく働きつづけておられるのです。

大生命としての神、守護神としての神、
神は二つの働きに分れて、
この人類に、神の真の姿を顕現しようとしておられるのです。

人間に不幸が来るのは、
決して神がさせているのではなく、

人間の業が、
人類の誤まった想念行為の集積が、
崩れ去ってゆく時に起る姿なのであります。

戦争も天災地変も、
すべて悪と現われる姿は業想念の消えてゆく姿なのです。

もし私たちが、こうした恐怖から遁れたいとするならば、
こうした業想念を空廻わりさせてしまうより仕方がないのです。

それは、私が提唱する世界平和の祈りを真剣に称えることなのです。 』



< 感謝の言葉 >

皆様、ブログを見て下さってありがとうございます。

今回の文章の中で、五井先生は世界平和の祈りについて、
「 人類救済の大光明に私共肉体人間が直結する祈りなのであります。
  これは神霊側と約束されたことなのであります 」
と書いておられます。
この〝約束〟という事が書かれている文章をもう一つ、
2017年6月5日のブログでご紹介した文章と重複しますが、
引用させて頂きます。

「 個人が救われてから人類に及ぼすということでは、
  もう遅い時代になってきています。
  私どもの提唱しております世界平和の祈りは、
  そこが一番大事なところになっていまして、
  自分自身が救われる身でありながら、
  世界人類の平和を祈る人類愛の祈りを祈ることによって、
  自分も人類もともに神様の大光明の中で救われてゆく
  ということになるのであります。
  それはどうしてそうなるかと申しますと、
  この祈り言は、肉体身の私が、神体の私と一つになった時、
  大神様との約束事として生まれた祈りだからなのであります。
  すべて宗教の祈り言は、神様との約束事でなければ、
  その効果がないのです。
  あらゆる呪文や唱え言は、
  そういうところに効果があるのです。 」
                    ( 「 直言・提言・進言 」150ページより )

とっても易しい〝世界平和の祈り〟ですが、
実は想像もつかぬほど、凄い凄い祈り言なのですね。
皆様、
無限の愛なる、無限に凄い世界平和の祈りを授かって、
本当に、この上なくありがたいですね。
私は今、「 守護霊様守護神様 ―! ありがとうございます…… 」
と、改めてよろこびをかみしめています。

日常生活の中で何気なく祈っているように思えても、
この〝真の祈り〟を祈っているのは〝真の自分〟です。
五井先生はこのような文章も書いて下さっています。

「 祈りとは、人間内部の神性が、宇宙の中心者とつながって、
  光の交流をするためになされるものであります 」
                         ( 「 宗教問答 」139ページより )

〝私の中の、真の私がお祈りして下さっている〟

そう思うと、自分の心の奥に向かって、ありがとうございます……
分霊守護霊守護神直霊という真の私に向かって、ありがとうございます……
只只、ありがとうございます……だけになります……。

最後になりましたが、

このブログを見て下さる全ての方の守護霊様守護神様
本当にありがとうございます

どうぞ、このブログを見て下さる全ての方の
天命が完うされますように

世界人類が平和でありますように




             世界平和
プロフィール

たかひろ

Author:たかひろ
昭和31年生まれ
職業 税理士
現在 兵庫県芦屋市在住
妻と二人暮らし
趣味 音楽鑑賞

    妻
昭和38年生まれ
専業主婦
趣味 ピアノ

≪このブログは妻との合作です≫

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