消えてゆく姿で世界平和の祈り

                    < 世界平和の祈り >

                  世界人類が平和でありますように
                  日本が平和でありますように
                  私達の天命が完うされますように
                  守護霊様ありがとうございます
                  守護神様ありがとうございます




< 五井昌久著 「 神は沈黙していない 」
   196ページ10行目から201ページ10行目まで >


『 私が常に消えてゆく姿です、
という言葉を使っていますが、

これは私独得の言葉ではなく、
今日までの宗教者の大方が使っている言葉なのです。

しかし、使い方が私のように、
素直に相手を納得させるようには、
今日までの誰方もが使っていないのであります。

≪ 中略 ≫

私の教えでは、
自己の悪い想念も、
悪い習慣も、
人の悪想念も、
失敗も、
あらゆる業想念を、
そのまま掴んでいてもよいから、

消えてゆく姿と想い直して、
世界平和の祈りの中に入れてしまいなさい、

瞬々刻々、
ことごとにそうしたやり方で、
自他を責め裁かずに、
消えてゆく姿で世界平和の祈りというような
善い習慣、光明思想の習慣に変えてしまいなさい、
と教えているのであります。

自他の悪い習慣や不幸災難は、
やはり、過去世からの悪い習慣、
光明世界、神のみ心を離れていた頃の
暗黒想念の消えてゆく姿としての現われなのですから、

殊更自己を責め裁いても、
他を責め裁いても仕方のないものなのです。

それを自分が悪い人が悪い、
というように自他を裁いて、
悪い想念を分析しても、

それはかえって、
ますます暗黒想念の中に入りこんでしまうだけなのですから、

悪かった、
或いはしまった、
又は憎らしい、
やっつけてやりたい等々の想いがでたら、

その想いを掴んだままでよいから、
消えてゆく姿として
世界平和の祈りの中に入りこんでしまった方がよいのです。

そうすると、
救世の大光明の光明波動が、
その人の業波動を浄めて下さって、

いつの間にか、
明るい、自信のある想いに、
その人をしてくれるのであります。

これを習慣づけてやっていますと、
次第に想念の転換が早くなりまして、

消えてゆく姿も何も思わなくとも、
常に光明波動に
自己の想念を切り替えることができるようになるのです。

これは容易に入り得て、
効果絶大な、
光明思想の道なのであります。

百の説法屁一つということや、
百知は一真実行に及ばずというように、
これは実行してみることが一番であります。

学問的な人の中には、
種々と宗教書は読むが、
只それを頭脳知識の満足感だけに止めて置いて、
その方法を実行しようとしない人がおります。

それではその人の為にも人類世界の為にも、
今生の役には立ちません。

善いと思ったことは少しでも早く実行なさることが、
智慧であると思います。

消えてゆく姿という言葉は、
実に善い言葉でありまして、

宗教的に諸所を遍歴してきて、
どうしても自分の業(カルマ)というものに
心が把われていた人たちは、
消えてゆく姿なのですよ、という一言で、
業想念に把われていた自分の心が、
ぱっと開いて一瞬にして明るくなったと口々にいっております。

≪ 中略 ≫

空(くう)とか無為では、
頭から、自分には出来ないと思う人も、

この現われのすべては消えてゆく姿ですよ、
という言葉には軽く肯ずけるものがあるのですし、

その奥に、救世の大光明とつながる道である、
世界平和の祈りという祈り言がある、
ということを知ると、
そのことだけでも心が明るくなってくるのです。

消えてゆく姿というのは、
諸行無常という仏教の言葉よりも、
もう一つ深いものがあるのです。

それはどういうものかといいますと、
消えてゆく姿というのは、

消えてゆくという言葉を追ってゆきますと、
どこかにその姿が消えてしまいまして、
何も無くなってしまいます。

即ちそのまま色即是空(しきそくぜくう)の
空(くう)の状態になってしまいます。

ところが、この空の状態だけでは、どうにもなりません。

この宇宙世界の何処を探しても、
何も無い世界というのは無いのでして、

何処も此処も大生命の働きがあるのであります。

真空といわれる状態の中にも、
科学的にいえば、原子が活動しているのでありますし、

宇宙子科学的にいえば、
もっと深い真空の中にも、
宇宙子の活動があるのであります。

そこで、色即是空、
即ちすべての物質や現われは、
これはみんな空なんだ、というのですが、

この空になった瞬間には、
もう空の中から出てくる何かがあるわけなのです。

それを般若心経では、
色即是空の次に空即是色といっているのです。

この空即是色は、
空になったその後から再び色という字が出てくるのであります。

この色が問題でありまして、
色即是空の色とこの空即是色の色とは、
同じ色でも根本的に違うのであります。

色即の色は、
神の光明と業想念との交じった、
いわゆる物質世界的な物や現象のことでありますが、

後の色は、
神の光明波動そのものの現われをさしていっているのであります。

ですから、
一度この世的な物質世界の物事事柄を空と切ってしまうと、

その瞬間から、
神の光明波動が、
そのままこの世に現われてくるのである、
と釈尊はいっているのです。

そこで、私の消えてゆく姿というのは、

諸行無常という、
この世のすべては常に変化していて、
常住しているものは無いという、
この現象世界のことだけをいっているようにとれる言葉よりも、
一歩深く、

神界の光明波動の中に、
消えてゆく姿という言葉で人の想いをひっぱっていって、
神のみ心の中にバトンタッチしてしまう、
光明世界にその人の想いをつないでしまう、
ということになるのです。

色即是空、空即是色ということを易しい行為にしたのが、
消えてゆく姿で世界平和の祈り、ということなのであります。

ですから、
消えてゆく姿は、
只消えてゆく姿だけで使ったのでは、効果が少ないので、

どうしても、
消えてゆく姿で世界平和の祈り、
というようにつづけて使っているのであります。 』



< 感謝の言葉 >


皆様、ブログを見て下さってありがとうございます。

五井先生は、講話集の中でこのようなお話をなさっています。

「 いやな人間が現れて、自分がさんざん尽くしているのに、
  向うでぶつかってきたりするのがあります。
  その時、過去世の借金が消えてゆくんだ、自分の業が消えてゆくんだ、
  というように、すべてあらゆる面で起った嫌なこと、不幸なこと、
  そういうことをすべて消えてゆく姿と観じるわけです。

  そして、世界平和の祈りの中で、守護霊守護神に全部お返ししてしまう、
  すべての想いをお返ししてしまう。
  
  そうすると自分の中の業が消えていって、
  自分だ自分だと思った肉体の自分が、
  いつの間にか神の子の自分に変わってくるわけです。
  
  そうなるに従って、恐怖の想いも少くなり、
  怒りの想いも、いらだちの想いも少くなり、
  妬みや憎み恨みの想いもだんだん少くなってくる。
  
  しだいしだいに少くなってきて、
  しだいしだいに神の子の姿が現れてくる。
  そういう方法を私はとっているわけです。
  
  本当はズバリと、肉体も何もないんだ、
  すべて神のみ心の現れなんだ、自分というものはないんだ、
  とパッと投げ出してしまえばいいけれど、
  それは理想論であって、なかなかできないのです。
  
  それがそのままできれば、昔からお釈迦様が出たり、
  キリストが出たりして、真理を説いているんだから、
  みんな立派になりそうなものだけれど、できないわけです。
  
  お釈迦様とかイエス様とか、法然、親鸞とか、弘法とか道元とか、
  立派な人はできたけれども、普通の人にはできないわけなんです。
  できない人たちのために、法を説きに現れたのが私なんですよ 」
                       ( 「 質問ありませんか? 」148、149ページより )

五井先生の教えは、どんな人でも無理なくできる易しい教えです。
仕事が忙しくてとび回っている人でも、
子育てや家事で忙しい家庭の主婦でも、
勉強やクラブ活動で忙しい学生さんでも、
病気で寝ている人でも……
誰もが、それぞれ置かれた環境の中で行じてゆけます。

〝そうかあ―、それならためしにやってみようかなあ―〟
と、今日初めて五井先生の教えをお知りになった方が、
早速始められたとします……

ご本人が救われることは言うまでもありませんが、
さあ?いったいどれだけ多くの人が救われてゆくのでしょう?
この世の人もあの世の人も含めて、きっと膨大な数の人たちが
救われてゆくにちがいありません。

個人人類同時成道、
自分が救われると同時に人類が救われてゆく、
これが五井先生の開かれた道です。


最後になりましたが、

このブログを見て下さる全ての方の守護霊様守護神様、
本当にありがとうございます。

どうぞ、私達の天命が完うされますように

世界人類が平和でありますように



             世界平和

守護霊守護神が完全に守っています

                     < 世界平和の祈り >

                  世界人類が平和でありますように
                  日本が平和でありますように
                  私達の天命が完うされますように
                  守護霊様ありがとうございます
                  守護神様ありがとうございます




< 五井昌久著 「 想いが世界を創っている 」
   119ページ9行目から124ページ4行目まで >


『 何にもまさって尊いものは、世界平和の祈りです。

世界平和の祈りで守護霊守護神と一緒になって、
この世の中を救ってやらなければいけません。

肉体人間だけでは何事もなし得ないです。

何も出来やしない。

何が出来るかというと、魂が出来るのです。

その魂の力を援助してくれるのは、
守護霊守護神なんです。

守護霊守護神の力がなかったら、
人間は業の波に巻き込まれて、
どうにもなりません。

そこで私は、
守護霊守護神というものを
ハッキリと打ち出したわけです。

守護霊守護神の存在というのは、
今までぼやけていたからね。

それで私は、
「 守護霊というのは祖先の悟った霊で、
  一番身近についているんだよ。
  守護神というのは、直霊の分かれたもので、
  守護霊の上についていて、
  守護霊守護神が協力して、
  この肉体の人間の魂の本質、
  本心を開いてくれるんだよ 」
と言っているのです。

「 守護霊守護神さん 」と感謝していると、
守護霊守護神とぴたっとくっつきます。

守護霊守護神を知らないのは、
業想念が間にいっぱいあって、
うんと離されているからです。

「 守護霊さん守護神さん有難うございます。
  世界人類が平和でありますように 」とやっていると、
どんどん自分とくっついてきます。

ぴたっとくっついたらしめたものです。

危いところでもパッとよけますから。

たとえば上から何か落ちてくる時に自然によけるし、
会いたくない人にはスッと会わなくなるし、
自然に危険を避けるようになってしまうんです。

それが守護霊守護神の力なんですね。

≪ 中略 ≫

世界平和の祈りをして、
いつも守護霊守護神に感謝している人たちは、
危ない時絶対に守護霊守護神が引っ張ってくれます。

だから安心していいですよ。

どんなところに行っても、安心していいです。

大丈夫です。

世界平和の祈りをしていて、危険なことはありません。

だから安心立命して、
世界平和の祈りをしていらっしゃい。

守護霊守護神が守っています。

完全に守っています。

皆さんの目に見えないけれど、
見える人も随分あるんですよ。

ここには一杯守っています。

ここに人間がいます。
すると、正守護霊が一体いて、
副守護霊が二体ぐらいいて、
そしてその上に守護神がついているんです。
これだけでも多いのですよ。

そこにもってきて、
世界平和の祈りの大光明の
守護霊守護神団が応援しているんですから、
これは安全に決まっています。

神々に囲まれていて、
その中で動いているようなものだから、
心配は何もありません。

そういう光の防壁を皆さんは持っていらっしゃるんです。

守護の神霊に感謝するとともに、
世界平和の祈りを一生懸命やっていれば、
絶対に安心なのですよ。

それを心から信じたほうがよろしいですよ。

それが親孝行にもなるし、
祖先への孝行にもなるし、
人類のためになるわけです。

こんなに易しいことはないんです。

今まではそういうことはなかったんですよ。

救世の大光明というのは、そんなに近くにいなかった。

それがズーッと降りてきているんですから、
ここまで( 肉体界まで )降りてきているんですから、
安心していればいい。

祈る人は光り輝いている

霊眼でみると、ここは一杯光り輝いて見えるんです。

私のそばも光り輝いて見えるし、
皆さんだって光り輝いて見える。
そういうものなのです。

人間は大体太陽のような光なんです。
太陽神の光のようなものです。

≪ 中略 ≫

霊光なんです。

ただそれをハッキリ現わしているかいないかの違いだけで、
皆光っているのです。

それで霊光を現わすためにはどうしたらいいかというと、

この世の不幸なこと、
災難も病気も、
嫌なことはみな消えてゆく姿であって、

自分は神の子であり、
神の子の光がそのまま出ているもんなんだ、
という気持ちで、世界平和の祈りをしていれば、
その人は光り輝いている人なんです。

なんでもない易しいこと、
ちっとも難しいことはない。

これが毎日毎日朝三時に起きて、
滝に当たらなければならないとか、
山に籠らなくてはならない≪ 中略 ≫
というのだったら難しいですけれど、

守護霊さん守護神さん有難うございますと、
ただ世界平和の祈りをしていればいいんだ。

寝ていても起きてもいい。

歩いていてもいい。

なんでもいいんだという、こんな楽なことがあるでしょうか。

ありはしません。

こんな楽な宗教の方法ってないんですよ。 』



< 感謝の言葉 >


皆様、ブログを見て下さってありがとうございます。

五井先生のご著書、講話集のどれを開いても
守護霊守護神の話が出てきますが、
私は守護霊守護神の事が書かれている所を読むのが、
大、大、大好きです。
同じ意味の事が書かれていても、何度でもくり返し読んでいます。
何度読んでも、読むたびに嬉しい気持ちになり、
安心感が増してくるからです。……とは言いましても、
決して、不安感や嫌な想いが出なくなったわけではありません。
嫌な事があれば、当然嫌な想いが沢山出てきますし、
調子が悪い時はしんどくて重苦しい想い、不安な想いが出てきます。
しかし、ありがたいことに、五井先生から、
〝この世の現れは全て、過去世の因縁の消えてゆく姿〟
ということを教わっています。
私は何か嫌な事があったり、体調が悪くて辛い時、
この〝消えてゆく姿〟の教えを頭の中でよく整理しています。

「 幽体に溜っていた過去世からの業が、
  嫌な出来事、嫌な想いとなって現れ、今消えていっている。
  業というのは有限なのだから、出てくるたびに消えて無くなり、
  幽体がきれいになっていっている。だから、
  業が消えるたびに、本心(神の心)がどんどん現れているんだ。
  その上世界平和の祈りの大光明が限りなく入ってきているのだから
  きっと想像もつかないほど本心が光り輝いているんだ…… 」

という具合に、静かにゆっくりと、
守護霊守護神様の中で確認するようにしています。

嫌な事があって嫌な想いが出てきた時も、
うまくいかない事があって落ち込む想いが出てきた時も、
調子が悪くて重苦しい不安な想いが出てきた時も、
守護霊守護神様にすがりついて
〝消えてゆく姿で世界平和の祈り〟ができる……
苦しくても悲しくても、いかなる想いが出てこようと、
守護霊守護神様に抱きついて
〝消えてゆく姿で世界平和の祈り〟ができる……
ああ、何てありがたいことでしょう………

「 五井先生ありがとうございます、
  最高にありがたい教えを、本当にありがとうございます 」
という気持ちで一杯です。

最後になりましたが、

このブログを見て下さる全ての方の守護霊様守護神様、
本当にありがとうございます。

どうか、このブログを見て下さる全ての方の天命が
完うされますように

世界人類が平和でありますように



             世界平和

天命完うを祈っていれば大安心

                     < 世界平和の祈り >

                  世界人類が平和でありますように
                  日本が平和でありますように
                  私達の天命が完うされますように
                  守護霊様ありがとうございます
                  守護神様ありがとうございます




< 五井昌久著 「 自分も光る 人類も光る 」
   53ページ8行目から60ページ10行目まで >


『  今までの宗教は、
こうしてはいけない、
ああしてはいけない、
こうあるべきだ、
こういう人間が立派な人間で、神様のみ心に叶う人間だ、
と見本を出して教えるんだけれど、

どうしたらそういう人間になれますか、
ということは誰も教えなかった。

教えたのはどういうことかというと、
滝にあたり、
水をかぶり、
肉体の感覚をにぶらせて
五感を超えなければダメだ、
とこうやるんですよ。

≪ 中略 ≫

そこで私は一番楽な、
一般大衆がなんでもなく業想念を
解脱できる方法を教えたのです。

神様は私に教えさせた。

その方法は何かというと「 祈り 」なんです。

今までは目的に対して祈ったことがない。

昔はお願いだけなんです。

私の病気が治りますように、
子どもが立派になりますように、
商売繁盛、
家内安全、
それだけでしょう。

それが祈りだと思った。

それは自我欲望達成の自分勝手なお願いです。

それだけだと心細いです。

≪ 中略 ≫

  世界人類が平和でありますように
  日本が平和でありますように 
堂々としていますでしょう。

そこへもって来て、
私どもの天命が完うされますように
と言う。

私どもの天命が完うされますように、の中には、
家内安全も商売繁盛もみんな入っているんです。

私どもというのは、自分もまぜた全部ですよ。

だからわざわざ病気が治りますように、
商売が繫盛しますように、
と言わなくたって、

天命が完うされるために
商売繁盛したほうがいいなら繁盛するんだし、

病気が治らないと天命が完うされないのなら、
病気は治るんだし、

すべて自分の願い事というのは、
「 私どもの天命が完うされますように 」
の中にふくまれているのです。

≪ 中略 ≫

神様に私の子どもの天命が完うされますように、と祈って、
それで出た答えならば、
それが一番いい答えです。

その答えの中に、
その子のすべての運命が刻まれているわけ。

≪ 中略 ≫

天命を完うせしめ給え、
と祈っている人たちには、
神様がその天命を果させないわけがない。

なぜかというと、
神様はすべてを見通していらっしゃるんだし、

人間は神様の子なんだから、
神様は大親なんです。

親様は子どもの不幸を願うわけはない。

絶対ない。

≪ 中略 ≫

神様は絶対なる愛なんです。
これを信じなきゃダメです。

私なんかこうなる間に、
随分神様の愛を知ってきました。

ことごとに神様(守護神)の愛をよーく知り、
素晴らしいなァと思っています。

守護神は危うくなれば助けてくれる。

溺れそうになれば引き上げてくれる。

まいりそうになったら絶対に助けてくれる。

神様に全託して不幸になることは絶対にないことを、
私は自分で確信しています。

また私のところへ来ている人たちも、皆そうです。

だから第一番になさねばならぬことは、
神様は愛なんだ、
神様は絶対に人間を不幸にすることはない、
と断固として思うことです。

神様は絶対に人間を不幸にすることはないんだ。

だから神様にすべてをあずけて、
世界平和の祈りをしていればいいんだ。

自分の運命は神様が知っていらっしゃるんだから、
神様に協力して、世界人類の平和を願おう。

そういう気持ちになると、
その人はダーンと高くなってしまう。

どうか病気を治して、子どもの運命を……とやっているのが、

世界人類が平和でありますように、
私どもの天命が完うされますように、と祈ると、
ダーンと上にあがっていっちゃうんですよ。

世界人類の幸福を願う想いと、
自分一人の運命の幸福を願う想いと、
どちらが広いか、
これは一目瞭然わかりましょ。

世界人類が平和でありますように、
という想いは崇高なる想いです。

その想いの中に、
全部自分の運命を委ねるんですよ。

そうしますと、自分の体から後光が射します。

光り輝くのです。

≪ 中略 ≫

皆さんも自分の幸福を願う想い、
自分の子どもたちの幸福を願う想い、
その想いとともに、
すべてを世界平和の祈りの中に入れてしまうんですよ。

そうすると、自分の子どもは必ず幸福になります。

自分の運命は必ずよくなります。

しかも世界人類の運命も必ずよくなります。

それが往相(おうそう)と還相(げんそう)とを一緒にした祈りなんです。

往相というのは、人間として昇ってゆく姿。
還相というのは菩薩として人々を救う姿。
それが天と地一本につながって、光り輝くんですよ。 』




< 感謝の言葉 >

皆様、ブログを見て下さってありがとうございます。

人間というのは、大生命から分かれた小生命(神の子)であって、
誰もが皆、天命(天の使命)を持って生まれてきている、
と、五井先生は教えて下さっています。
〝天命が完うされますように〟というのは、言い換えれば、
天の使命、つまり神様から授かった使命が果たせますように、
神の子としての役割が果たせますように、という意味ですから、
私は天命完うをお祈りできることが嬉しくて仕方ありません。
世界平和の祈りの〝私達の天命が完うされますように〟の中に、
もちろん自分のことも家族のことも全部入っているのですが、
私はお祈りしたくてしょうがないので、
「 我が天命が完うされますように 」と、よくお祈りしています。
又、身近な人のことも「 〇〇さんの天命が完うされますように 」
と、お祈りしています。

今回載せさせて頂いた五井先生のお話の中に、
「 守護神は危うくなれば助けてくれる、
  溺れそうになれば引き上げてくれる、
  まいりそうになったら絶対に助けてくれる 」
とおっしゃっている所がありますが、全くその通りです。
五井先生は、よく
「 ただ〝神様〟と言ってもあまりピンとこないから、
  自分に一番近い守護霊守護神を思いなさい 」
と教えて下さっているので、私はいつも心の中で、
守護霊守護神を呼び続け、感謝し、全てを託しています。

私は、十数年前にストレスから精神のバランスを崩し、
医師から、不安神経症(パニック障害)と診断されました。
一時はうつ病も併発して、かなり苦しい時期もあったのですが、
五井先生から教わった守護霊守護神を信じるようになってから、
本当に、本当に救われました。
「 守護霊守護神は肉眼では見えないし、声も聴こえないけれど、
  確かに守ってくれている……確かに助けてくれている…… 」
そう感じるようになってから、心の中が変わり始めたのです。

今も、体調が悪い時は、よく横になっているのですが、
寝ながらお祈りしていると、かえって祈りが深まります。

「 世界人類が平和でありますように
  守護霊様守護神様ありがとうございます
  業を消して下さり、大きく浄めて下さっているのですね、
  どうか、全てをみ心のままにお願い致します、
  我が天命が完うされますように
  私達の天命が完うされますように
  世界人類が平和でありますように ― 」

守護霊守護神様の、大慈愛の光の中に顔をうずめ、
計り知れない深い愛に包まれていることを感じていると、
この上なく幸せな気持ちになります。
ありがたいです……。


最後になりましたが、

このブログを見て下さる全ての方の守護霊様守護神様、
本当にありがとうございます。

どうか、このブログを見て下さる全ての方の
天命が完うされますように

世界人類が平和でありますように



             世界平和

自分が救われると同時に人類が救われる、世界平和の祈り

                     < 世界平和の祈り >

                  世界人類が平和でありますように
                  日本が平和でありますように
                  私達の天命が完うされますように
                  守護霊様ありがとうございます
                  守護神様ありがとうございます




< 五井昌久著 「 直言・提言・進言 」
   144ページ12行目から151ページまで >


『 個人の救われが先か、
社会人類の救われが先か、
と思ってしまう人がかなりあると思います。

個人が神の道と一つになり、
社会人類が神の道にのりきるという、
いわゆる個人人類成道(じょうどう)の道は、
どうしても同時成道でなければならないのです。

そこで、
消えてゆく姿で世界平和の祈りという教えが生きてくるのです。

世界平和の祈りというものは、
個人のためのものでもあり、
そのまま人類のためのものでもあります。

≪ 中略 ≫

肉体人間の力だけではどうにもならない
末世(まっせ)であることが、

いろいろな世界状況で
誰にでもわかっていることです。

今こそ真実の宗教が、
どうしても必要になってくるのです。

神仏というものは、
観念的なものではなく、

実際に地球人類救済に働きかけてくる、
ということでなければ、

今日の宗教の道は生きてきません。

私の提唱している世界平和の祈りは、

肉体人間の一人一人の背後において、

瞬時もたゆまず守っていて下さる
祖先の悟った霊や、

守護の神霊の加護の力を
はっきり体得したところから生まれたもので、

守護の神霊は
宇宙神のみ心の中から、
個々の人間の救いにたっておられるので、

肉体人間の側は常にぴったりと、
守護の神霊にすがりついておれば、

宇宙神の正しい歩みと
一つの歩みが出来るようになるのです。

そのための世界平和の祈りなのです。

と同時に、
その個人個人の世界平和の祈りが、
地球人類の汚れを浄める
救世(きゅうせ)の大光明(だいこうみょう)の力を、
働かせうる唱え言になっているのであります。

≪ 中略 ≫

法律にはふれないが、
人類のために悪いとわかっていることを
やってしまう人たちがどれだけ多いか、
はかりしれないものがあります。

その集結したものが
国家と国家の戦争であり、

その戦争の要因となる
武力の増強であります。

本当に大国がそろって
武器を捨ててしまえば、
そのままで
平和の方向に進んでゆくに
きまっているのですが、

どこの国も武器を捨てようとしていません。

それは、
自分たちが神の子であり、
お互いが生命の世界において兄弟姉妹である、
ということを忘れているからなのです。

神を愛する心も、
人類を愛する心も、

お互いが
自分たちだけの肉体生活を守ろうとするあまり、
忘れはててしまったのです。

≪ 中略 ≫

その業想念を地球界から消し去らなければ、
地球平和は永遠に来ないのです。

しかし、
国家という大きな広い集まりになりますと、

どうしても業想念の厚みが強くて、

個人個人の働きかけでは
とてもその業想念を消し去ることは出来ません。

ですから、
どんな平和運動も、
抗議の運動も、

それらの国々の
今日までのやり方を変えることは出来ません。

こういう大きな業想念に対しては、
大神様の大光明を中心にした働きかけでなければ、
これを消し去ることは出来ません。

そこでまず、
個人個人の救われを先に考えて、

自分たちを守りつづけていて下さる
守護の神霊の中に、
自分の想いを感謝と共に、
常に密着させていたらよいのです。

そういたしますと、
守護の神霊のほうで、

世界平和の祈りのような、
宇宙神を中心とした
救世の大光明のお祈りを、
実行させてくれるようになるのです。

この世界平和の祈りは、

このお祈りを祈る時には、
救世の大光明の光明波動が、

祈っているその人の身体を通して、
世界中に放射されているのであるから、

個人が救われると同時に、

その祈りが地球人類すべての人々の上に、
大光明となって降りそそがれ、

業想念消滅の力となるのであります。

≪ 中略 ≫

個人が救いの道に入るのと、
人類そのものが道に乗るのとが
同時になされなければ、

その間に隙間が出て来て、
再び業の波にかきまわされることになるのです。

個人が救われてから
人類に及ぼすということでは、
もう遅い時代になってきています。

私どもの提唱しております世界平和の祈りは、
そこが一番大事なところになっていまして、

自分自身が救われる身でありながら、
世界人類の平和を祈る
人類愛の祈りを祈ることによって、

自分も人類も
ともに神様の大光明の中で
救われてゆくということになるのであります。

それはどうしてそうなるかと申しますと、

この祈り言(ごと)は、
肉体身の私が、
神体の私と一つになった時、
大神様との約束事として生まれた祈りだからなのであります。

≪ 中略 ≫

今こそ、
世界平和の祈りが
世界中で取り上げられる時期でありまして、

今、この運動を拡大させなければ、
地球は滅亡するほかに方法はないのです。

そこで神界では、
すべての神々が集まられて、

救世の大光明という、
いかなる業(カルマ)をも消滅させる力を、
地球人類にさし向けていて下さるのです。

その上、
他の先輩星の天使たちが、
様々の方法で地球救済を応援していて下さるのです。

私たちは、
世界平和の祈りを根幹にして、
個人人類同時成道の道を突き進んでゆくのであります。 』



< 感謝の言葉 >


皆様、ブログを見て下さってありがとうございます。

世界平和の祈りは、神様の無限の愛そのものだと思います。
五井先生の講話集の中に、このようなお話がありました。
「 世界平和の祈りをやっていれば、
  自分の業想念、自分の悪い運命を持ったままで、
  神さまの中に入れる、入ってゆく。
  自分の心が知らないうちにきれいになってゆくと同時に、
  その自分の体を通って、神さまの大光明が
  今度は人類世界にひろがってゆく。
  だから二つのことをやっちゃう。
  往相(おうそう)と還相(げんそう)、自分が救われると同時に
  人を救うことが出来るのが世界平和の祈りなんですよ。
  これは本当によく覚えて下さい。
  何遍もいいますけれども、これはよく覚えておかなければならない。
  自分が救われると同時に人を救う唱え言というのは、
  世界平和の祈りよりないんですよ。
  他には一つもないです。
  しかもやさしくて誰にも出来て、
  一番現代的であるという教えはないんですよ。 」
                      ( 「 天命を信じて人事を尽くせ 」 119ページより )

世界平和の祈りを祈れば、個人と人類が同時に救われる、
という事を、私は最初から信じられたわけではないのですが、
守護霊守護神様を思いながら祈り続けているうちに、
まず、自分が救われている、ということをはっきりと実感できて、
〝個人が救われるのは本当だ!〟と信じることができました。

人類の救われについては、信じるのに少し時間がかかりました。
というのは、ニュース等で世界中の不幸な出来事を見聞きすると、
どうしてもその現象に把われてしまうのです。
しかし、守護霊守護神様の中にしっかりと入って、
「 この肉体界の現れは全部消えてゆく姿で、
  業が消えていっているところなんだ 」と、真理を確認し、
把われる想いを全部世界平和の祈りの中へ投入してしまう事を、
毎日続けていくうちに、だんだんと、
「 今は地上天国建設の過程であって、浄まっているさい中だから、
  色々な事が現れてくるけれど、救世の大光明によって、
  確実に幽界は浄められていっている 」
と、確信できるようになっていったのです。

幽界が浄まれば、この肉体界に不幸な事は現れなくなるのですから、
世界平和の祈りによって、必ず全人類が救われる、
必ず世界は平和になる、と、大確信しています。

皆様、世界平和の祈りのようなありがたいお祈りは、
本当に、どこを探しても他にはないですね。
その世界平和の祈りを祈れる私達は、最高に幸せですね。

最後になりましたが、

このブログを見て下さる全ての方の守護霊様守護神様、
本当にありがとうございます。

どうか、このブログを見て下さる全ての方の
天命が完うされますように

世界人類が平和でありますように



             世界平和

神様の中に入れば、神様の力が無限に現れてきますよ

                     < 世界平和の祈り >

                  世界人類が平和でありますように
                  日本が平和でありますように
                  私達の天命が完うされますように
                  守護霊様ありがとうございます
                  守護神様ありがとうございます




< 五井昌久著 「 我(われ)を極める 」
   74ページ2行目から81ページ2行目まで >


『 神様から与えられている力をフルに働かせ得る、
そういう道に人々を導き入れるのが
ほんとうの宗教なのです。

そこで私どもの宗教というのは、

守護霊、守護神の加護と結びつけて、

自分の中にある生命の力を充分にふるいおこし、

自分に与えられた力を万全に発揮しよう、
発揮させようという宗教なのです。

それが
〝世界人類が平和でありますように〟
という祈り言になるのです。

≪ 中略 ≫

神様は自分のなかにある。

自分の中にある生命力が神様なのだし、
それを全部出したものを仏様というのです。

ですから神様になるのも仏様になるのも、
すべて自分の生き方によるのです。

祠や神社に神様がいるわけではないし、

お寺に仏様がいるわけでもありません。

自分の中にある神様、仏様が、

信仰が強く深くなると、
その神社、仏閣に現われてくるだけであって、

神社、仏閣に行かなければ、
自分の中の神様が出ないわけではありません。

どこにいたって、
寝ていたって、
起きていたって、
神詣りしなくたって、
自分の中に神様、仏様があるのだから、

その内なる神、仏を引き出してくれる、
そういう方向に導いてくれる、
というのがほんとうの宗教家なのです。

我々の宗教というのは、
私がまず体験してよくわかった、
そうした点から出発しているわけです。

わかったというのはどういうことかというと、
自分と神様とが一つだった、
ということなのです。

神様と一つになると、
無限の力が現われてくるのです。

人間は本来、
量り知れない無限の力、
無限の智慧、
無限の愛を持っているのです。

誰でも持っているのです。

それが肉体に限定され、
肉体人間になると、

十とか百とか千とか、
僅かの力しか出せないわけです。

どうしてかというと、
自分で
「 私はこういうものなんだ 」、
「 自分はこれだけの能力しかないんだ 」、
「 自分はこういう性質なんだ 」
と自分で決めてしまうと、

自分の力がそれで決まってしまうわけです。

私もはじめそうでした。

ところが気が付いて、

「 ああ自分で決めてしまうからいけないんだナ。
  自分というものを
  すべて自分の本心、
  神様のなかに入れきってしまえばいいんだ。
  神様どうぞ私の生命をお使いください。
  どうか人類のために働かしてください 」
って投げ出した。

全部心の底から投げ出したのです。

それからいろいろな修行があったけれど、

本質のいわゆる五井先生という
直霊の力がサーッと入って来て、

いろいろなことがわかるし、
力がついて来た。

力というのは光です。

みなさんが自己限定して、
肉体を人間だと思っている。

そういう人が、
たとえば十の力しかないとしても、

私のように自己限定したものを全部投げ出して、
神様のなかに入ってゆくと、

神様の力が無限に出てくる。

千でも万でも億でも、
必要に応じて、
どれだけの光でも出てくる。

そういう体になるのです。

だから、
自我をなくして、
というとむずかしいけれど、

自我というものを
世界平和の祈りの中に入れてしまうと、

自分で自分を限定していた想いがなくなるから、
本体の力がそのまま出てくるわけです。

そういう人がたくさん出てくれば、
世界はそれだけ大きなプラスになるのです。

そういう人間をつくろうと思って、
一生懸命やっているわけです。

≪ 中略 ≫

神様というのは大生命、
生命の親です。

自分のなかで
いつも生命の親様がつながっているのです。

みんな大生命のお子様方なのです。

親様に感謝すればいいのだから、

親様、有難うございます、
本心さん有難うございます、
といってもいいし、

私のなかの神様有難うございます、
私のなかの仏様有難うございます、
といってもいいのです。

けれど
それではなんだかピンと来ないでしょう。

大神様から分かれてきている守護神があるし、

守護神によって助けられ、
浄化された守護霊があります。
祖先の悟った霊ですね。

≪ 中略 ≫

そこで守護霊さん有難うございます、
守護神さん有難うございます。

自分の祖先の悟った人に
まずお礼をいってつながり、

それから守護神さんにつながり、

大神様につながって行くわけです。

≪ 中略 ≫

守護霊さん守護神さん有難うございます、
大神様有難うございます、
というように
つねに感謝の想いを捧げていると、

天と地がつながって、

もとの大生命と小生命がつながって、

つねに新陳代謝して、

いつもいつも
光が交流しているというかたちになるわけです。 』



< 感謝の言葉 >


皆様、ブログを見て下さってありがとうございます。

今回のお話の中にもあるように、五井先生は、
「 人間は本来、無限の力を持っているのですから、
  自己限定してはいけませんよ 」
という意味のことを、よくおっしゃいます。
他の講話集の中で、このようなお話もなさっています。

「 オレの性分(しょうぶん)だ!ってのがよくあります。
  気の弱いのは私の性分です、短気は私の性分ですという。
  性分でもなんでもない、業(ごう)です 」
                          ( 「 みんな救われている 」 94ページより )

「 例えば、自分は短気だと思いこんでいる人がある。
  おしゃべりの人は自分はおしゃべりだと思いこんでいる。(中略)
  勝手に、みんな自分で決めちゃっているんです。
  決めてはいけません。それは業(ごう)なんです。
  ですからみんな消えてゆく姿なのです 」
                              ( 「 永遠のいのち 」 182ページより )  

「 いいほうに変わってくる。
  そのためにやっぱり祈らなければだめです。
  自分でこれがいいと思ってはだめだし、
  あるいは自分でだめだと思いこんでもいけません。
  〝自分はこうなんだ〟と決めてはいけません。
  こうなんだ、という人間などありゃしない。
  どれだけ偉くなるかわからないのです 」
                              ( 「 永遠のいのち 」 184ページより )

〝こうなんだ〟という人間などありゃしない、
どれだけ偉くなるかわからないのです〟
とおっしゃっていますが、
我々人間は、誰もが、まちがいなく〝神の子〟だからですね。
神様から離れた想い、業が消えて、本心が開いてくれば、
神様の力(光)が無限に現れ出てくる、ということですね。

業を消し、本心を開いて下さるのは、守護霊守護神様ですから、
私は一にも、二にも、三にも、
守護霊守護神様に感謝することを心掛けております。

〝消えてゆく姿で世界平和の祈り〟
〝守護霊守護神への感謝行〟という、
最高にありがたい、五井先生の教えを行じるようになってから、
自分が変わってきたことは、はっきりと自覚できます。

「 守護霊様守護神様ありがとうございます、
  これからまた、どのように変わってゆくのでしょう? 」
と、守護霊守護神様の中に入りながら、自分を眺めています。

皆様も、どのようにすばらしい自分が現れ出てくるのか、
本当に楽しみですね。

最後になりましたが、

このブログを見て下さる全ての方の守護霊様守護神様、
本当にありがとうございます。

どうぞ、私達の天命が完うされますように

世界人類が平和でありますように



             世界平和
 
プロフィール

たかひろ

Author:たかひろ
昭和31年生まれ
職業 税理士
現在 兵庫県芦屋市在住
妻と二人暮らし
趣味 音楽鑑賞

    妻
昭和38年生まれ
専業主婦
趣味 ピアノ

≪このブログは妻との合作です≫

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