天変地変も防ぐことができますよ、世界平和の祈りで

                     < 世界平和の祈り >

                  世界人類が平和でありますように
                  日本が平和でありますように
                  私達の天命が完うされますように
                  守護霊様ありがとうございます
                  守護神様ありがとうございます




< 五井昌久著 「 続宗教問答 」
   129ページから133ページ7行目まで >


『 問119 宗教活動で病気や天災のない社会を実現できますか。

 宗教活動の根本的なことは、

神の完全円満性、大調和な相(すがた)を、
この地球界にそのまま現わし、

個人も社会も
真実の平安な生活を送り得るようになるためと、

他界へ往(い)っても、
自由自在心でいられるようにという
二つの事柄であります。

ですから、
病気や貧乏や不幸な人間の姿が
この世から無くなるための活動でもあるわけです。

しかし、病気や貧乏は
宗教的心の持ち方で直し得ることはできても、

天災を心で防ぐことはできないだろう、
と普通の人は思うことでありましょう。

ところが、天災というような形に現われる事態も、

やはり人類の心の在り方によって
起ってくる事態なのです。

いいかえれば、
この世で起るあらゆる事柄は、

すべて、人間の心の動き、
すなわち、
想念波動によって現われてくるのであります。

現在自分が病気であること、
貧乏であること、
不幸であること、

人類がしばしば天変地異によって、
不幸になっていることなど、

すべて、誰の為(な)せる業(わざ)でもなく、

自分たちの想念(おもい)の波の
現われたものであり、

人類の業想念の為せる業なのです。

この地球界に人類が誕生したのは、

この地球界に神のみ心、
み姿を現わすためであり、

人類は神のみ心、
み姿を各自に分けられて、
この世に生れ出でているものなのであります。

ですから、
人類すべてが、
神より分けられた自己の本質そのままを、
この世において現わし得れば、

この地は忽ち神の国となるのですが、

この地球界というのは、
物質的な波動でつくられておりますので、

その物質的な波動の中で生活するためには、

人類もどうしても同じような物質波動で
生活しなければならなくなります。

そこで神の本質的霊波動と物質波動との
バランスをとらなければなりません。

そのバランス、調和がとれるまでの間に、
種々と波動の変動があるわけです。

それが業想念波(カルマ)となり、

人類の不幸、
不調和の姿として現われてきているのです。

天災も波動調整の一つの現われなのです。

あの世もこの世も、
光の律動(リズム)と想念の波動とで
転回されているのですから、

この世の自我欲望からくる
業想念行為の巻き起す波動を、

一切、神のみ光のひびきに換えてしまえば、
あの世もこの世も大調和してゆくわけなのです。

業想念波を光のひびきそのものに
切り替えてゆく道が宗教の道なのです。

宗教というと、
なんだか科学的にみて、
眉つばもののように思う人がたくさんいますが、

宗教の本質は
科学の本質と一向変るものではないのです。

今日までの宗教信仰の中には、
実際に眉つばものの、
いわゆる迷信的要素のあるものがかなりありますが、

それをみて、
宗教であると思ったりする人のほうが、
研究不足なのです。

≪ 中略 ≫

現在病気の人は、
その病気の原因である想念行為を、

私流にいえば、消えてゆく姿として、

世界平和の祈りの中に入れつづけていれば、

おのずから、
病念が平和の祈りの光明波動に変っていって、

いつの間にか
病気が治ってしまっているのです。

観の転換ということになるのです。

病念や不幸の念波を、

世界平和を祈るという
人類愛的光明波動に切り替えれば、

自然と暗い念波は
明るい念波に切り替わって、

健康になり幸福になることは
理の当然であります。

≪ 中略 ≫

この世は波動の世界であることは
先程からも申し上げている通りですが、

この波動を、
一つの業想念波動から
他の業想念波動にかえたところで、

神の光明波動に
ふりかわったわけではないので、

いつまでも
この世の争いや不幸は絶えません。

まして天災地異を未然に防ぐすべもありません。

ですからあらゆる業想念を、
神のみ心である光明波動にかえてしまわないと、

この世が真実の平和世界になることはないのです。

例え医学やその他の社会施設で、
病気や貧乏がなくなったとしても、

天変地異だけはなくせません。

戦争や天変地異をなくしてしまうためには、

そうした波動を
この世からなくしてしまわねばならないのです。

戦争や天災をなくし得るのは、

ただ単なる観の転換だけではなく、

この世の波動すべてを
光明の律動(リズム)に変えてしまわねばなりません。

それがこの世の大平和を実現する
唯一の方法なのです。

そして、その実現のためには
祈りを根底にした生活よりないのであります。

祈りもただ神様を祈るだけではなく、

縦と横とを十字交叉に調和させた、

世界平和の祈りのような祈りの方法が
最も効果ある方法なのです。

世界平和は神のみ心そのままの現われ、

世界平和は人類すべての念願、

世界平和の祈りこそ、

神と人類とが全きつながりを示す
最大の祈りとしての価値があるのです。

ですから宗教活動において
あらゆる不幸のない社会が実現出来るといえるのです。 』



< 感謝の言葉 >


皆様、ブログを見て下さってありがとうございます。

天変地変、こればかりはどうにもならない事だと思っていました。
ですから、五井先生のご著書を読むようになって、
〝幽界に溜っている業想念波を救世の大光明で消してしまえば、
  この肉体界に現れて来ずに済むのだ〟と知った時には
とても驚きました。と同時に、神様の大愛を感じました。

五井先生は、このようなお話をして下さっています。

「 幽界だけで肉体界に現れないうちに消してしまおうとするのが、
  世界平和の祈りなんです。救世の大光明の働きなんです。
  いわゆる人類の受ける被害を、最小限度で防ぎ止めようとして、
  世界平和の祈りの神さま方が現れているんですよ 」
               ( 「 質問ありませんか 」 22ページより )

「 地上天国が出来た時には、暴風雨もなければ、地震もなければ、
  争いも飢えもないということになるんですね。
  それは理想世界であって、現実にやがて現れる世界なんです。
  必ず現れるんです。
  そのために世界平和の祈りが出来ているんですよ 」
               ( 「 質問ありませんか 」 21ページより )

「 守護霊守護神につながり、世界平和の祈りをしていることは、
  地上天国建設のために重大な仕事をしていることなのです。
  多くの人達が、こう思って祈れば地上天国は早く出来るでしょう。
  地球を救うのはあなたです。
 〝私が平和の祈りをしながら生きているのは、人類平和のために
  立派な働きをしているんだ〟と堅く信じることです。
  そのことを真実に理解出来れば、
  どんなにうれしく生甲斐がある人生になるかわかりません 」
               ( 「 生命光り輝け 」 141ページより )

うれしく生甲斐がある人生……全くその通りです。
私はあまり丈夫ではないので、体調が悪い時、
横になっていることがしばしばあります。
世界平和の祈りを始める前までは、そういう時、
「 あーあ、世間の人達はみんな働いているのに、
  私は何にもできないで情けないなあ 」
と、ため息ばかりついていました。

しかし、世界平和の祈りをお祈りできるようになった今は、
同じように横になっている時でも、
「 〝世界人類が平和でありますように-〟
  私の中の神様は、今この瞬間も、想像もつかないような
  すばらしい働きをして下さっているんだ、スゴイなあ-
  守護霊様守護神様ありがとうございます、
  神様ありがとうございます、
  世界人類が平和でありますように- 」
と、心の中はとても幸せです。

守護霊守護神様が、
私に世界平和の祈りを授けて下さったその日から、
最高に生甲斐がある人生を送らせて頂いております。
ありがたいです……。

最後になりましたが、

このブログを見て下さる全ての方の守護霊様守護神様、
本当にありがとうございます。

どうぞ私達の天命が完うされますように

世界人類が平和でありますように


             世界平和
 

世界平和の祈りを祈る人は、宇宙大にひろがっていますよ

                     < 世界平和の祈り >

                  世界人類が平和でありますように
                  日本が平和でありますように
                  私達の天命が完うされますように
                  守護霊様ありがとうございます
                  守護神様ありがとうございます




< 五井昌久著 「 みんな救われている 」
   107ページから108ページ8行目まで >


『 いのちが生きた、
いのちを生かしたということは、

少しでも人のためになったか、
ならなかったかということになります。

≪ 中略≫

九十でもいい、
八十でもいい、

人に世話になっている病人でも、
寝たままでもいい、
仕事をしないままでもいい。

それで世界人類の平和を願い、
世界平和の祈りの中に入っちゃうんですよ。

世界平和の祈りの中に飛び込みます。

そうすると、
飛び込んだ時から、
世界平和のいのちだからね。

世界平和の祈りというのは神様のみ心だから、
宇宙大の中に入っちゃうんですよ。

すると、
今まで八十年、
なんにも生きていない、
いのちを生かさない、
なんにもしなかった人でも、

世界平和の祈りの中に飛び込むと、
その日から宇宙大に生きることになります。

八十から一年生きたとしても、
一年間、
世界平和の祈りの中に入っているでしょう。

今までがゼロとしても、
八十才から人生はうんとひろがる。

普通に働いて、
いくらか人のために尽くして死んだ、
という人よりも、

ズッと大きく運命もひらいて、
いのちが生きてくるわけです。

そうすると、
あの世に往(い)きましても自由に働ける。

自由に生きられる。

言い換えますと、
この世の中で、
いのちをとても生かしていた、
フルに生かしていた人は、
あの世に往っても自由自在になれるんですよ。 』



< 五井昌久著 「 みんな救われている 」
   180ページ11行目から181ページ11行目まで >


『 どんなにお金をもらったって、
健康をもらったって、
どんなに家庭の幸福をもらったって、
もらわないよりはいい。

けれども、
それらはやっぱり消えてゆく姿よ。

今、どんなに家庭が幸福であろうと、
どんなに財産があろうと、
どんなに地位があろうと、
どんなに健康であろうと、
肉体は死にますよ。

何がいったい幸福なのか、
本当のいのちを摑(つか)まなければならないでしょう。

神から来ている永遠の生命を摑まなければ
幸福になりませんよ。

神から来ている永遠の生命は
どこにあるかと言ったら、

世界平和の祈りの中にある。

何故、世界平和の祈りの中にあるかというと、

世界平和の祈りというのは、
神様が人類が平和であることを願っている理念なんです。

その中に入っちゃうんだから、
永遠の生命につながったことなんだから、

何があろうとなかろうと、
肉体がなくなろうとなんだろうと、
永遠の生命の中で輝きわたっている。

しかも個性があって輝いている。

それが一番大事なのです。 』



< 五井昌久著 「 みんな救われている 」
   96ページ3行目から97ページまで >


『 明けても暮れても
世界平和の祈りをするんです。

世界平和の祈りというのは、
口で言わなくていいんですよ。

目をつぶって祈らなければならない、
というもんじゃないんです。

歩いていてもいいんです。

≪ 中略 ≫

世界平和の祈りを祈っている時は、
その人から光が出ています。

霊能者が見たらわかります。

世界平和の祈りをしながら歩いている人と、
アノヤロコノヤロと言って歩いている人と、
出てくるものが違う。

片方は黒雲が出てきている。

片方は光り輝いている。

光り輝いているほうがいいに決まっているんだ。

神は光なんだから。

だから世界平和の祈りを毎日毎日、
朝から晩まで、
死ぬまで、
死んでから先までやるんですよ。

他になんにもないです。

あと全部消えてゆく姿。

子どもが学校に入ろうと、
会社がつぶれようと、
みな消えてゆく姿なんだ。

神様を思った度合い、

神様と自分が一つになった度合い、

その度合いがすべてを決定する。

どれだけ自分の中から神様が出ているか。

どれだけ世界平和の想いが出ているか、

それだけが自分の運命を決定するし、
自分の生活を向上させるものです。

自分の健康を増進させるのもそうです。

すべて世界平和の祈りから出ている。

なぜならば世界平和の祈りは、
神様のみ心だから。

難しいことはない。

これほど易しいことはない。

だから楽ですよね。 』



< 感謝の言葉 >


皆様、ブログを見て下さってありがとうございます。

「 世界平和の祈りは、神様のみ心なのだから、
  あなた方が世界平和の祈りを祈っている時は、
  神様と全く一つになって、
  宇宙大にひろがっているのですよ 」

ということを、五井先生はよくお話し下さいます。
今回のご著書(講話集)の中に、このような文章もありました。

「 世界平和の祈りという乗り物に乗って、自分が神の子になり、
  神の子の光を一瞬にしてこの地球界にふりまくわけです。
  世界人類が平和でありますように、という時は、
  自分が神様の中に飛び込んでいて、
  同時に光が自分の体を通して、この地球にまかれているわけ、
  横に拡がってゆくわけなんです 」

「 八十のおばあさんでも、九十のおじいさんでも、
  病人でも子どもでも、
  みんな世界平和の祈りをしている時には、
  世界人類のために働いているんです。
  光明を地球界にふりまいているわけです 」
      ( 「 みんな救われている 」 54ページより )

皆様、世界平和の祈りを祈れる私達って、
神様に何とお礼を申し上げたらよいか分からない位
幸せですね。ありがたいですね。

私は、世界平和の祈りの道へ導いて下さった守護霊守護神様に
今、改めて深く感謝申し上げているところです。
そして、
「 心新たに、今日から世界平和の祈りを始めるつもりで、
  喜びをかみしめながらお祈りさせて頂きますので、
  守護霊様守護神様、どうぞよろしきようにお導き下さい 」
と、お願いしているところです。

皆様、五井先生は、
「 どんな人でも、世界平和の祈りの中に飛び込むと、
  その日から宇宙大に生きることになる 」
と、おっしゃっていますよ。

今日、初めてこのブログをご覧下さり、
初めて世界平和の祈りをお知りになった方も、
さっそく今日からご一緒に、世界平和の祈りを始めましょう。
80歳の方も90歳の方も、学生さんも子どもさんも、
みんなで一緒に、世界平和の祈りを祈りましょう。

最後になりましたが、

このブログを見て下さる全ての方の守護霊様守護神様、
本当にありがとうございます。

どうぞ私達の天命が完うされますように

世界人類が平和でありますように


             世界平和

守護霊様のおはたらき

                     < 世界平和の祈り >

                  世界人類が平和でありますように
                  日本が平和でありますように
                  私達の天命が完うされますように
                  守護霊様ありがとうございます
                  守護神様ありがとうございます




< 五井昌久著 「 神と人間 」
   43ページ9行目から44ページ7行目まで >


『 誰でも幸福になりたくて働き努力するのだが、
なかなか幸福にならない。

幸福になる秘訣は素直になることである。

素直とは肉体の人間に素直になれというのではない。

真理に素直になれというのである。

いいかえれば、神に素直になれというのである。

神というと何か遠い気がするし、
つかみにくい気がするだろうから、

守護霊に素直になれというのである。

守護霊とはおおむね祖先の霊である。

祖父(おじい)さん、祖母(おばあ)さんが、
自分の背後にいて、

霊の眼で、霊の耳で、
子孫である自分の運命を予見し、

悪い運命への道から、善い運命への道へ、
導いて下さるのである。

それはちょうど、
父母が小さな子供の手を取って、

あちらだ、こちらだと、
引き廻してくれるのと同じことなのである。

しかし、肉体の父母には
その子の将来の運命は一分後のこともわからない。

が、守護霊は
その子孫の将来に起こる出来事をよく知っていて、

その子孫の運命を
幸福へ、幸福へと導こうとしているのである。 』



< 五井昌久著 「 神と人間 」
   50ページ7行目から51ページ1行目まで >


『 守護霊は
霊界、幽界、肉体界と
三界(さんがい)を通して働ける者なので、

幽界においてできつつある運命、

あるいはすでにできあがって、

時間の経過につれて
自然に肉体界(現界)の運命として
現われようとする悪想念の結果(因果)を、

あらゆる手段をもって、

その人間の運命として
現われぬように修正してゆく。

この守護霊の働きを、
知っている人、感じている人は実に少なくて、

肉体人間の大半が、
この蔭の働きを知らないのである。

守護霊はその肉体人間が、
守護霊の守護の力を知ろうと知るまいと、

それは問わず、
ただひたすら、
運命の修正に全力を挙げているのである。

いわゆる菩薩行なのである。 』



< 五井昌久著 「 神と人間 」
   54ページ10行目から57ページ9行目まで >


『 人間が、自己の運命を改善し、
幸福になりたいとするならば、

ただ、守護霊に自己の運命を委(まか)せればよい。

守護霊さん、ありがとうございます、
守護神さん、ありがとうございます、
神様、ありがとうございます、
と常に感謝していればよい。

この心が神への全託なのであり、

守護霊の活躍を充分にさせる
一番よい方法なのである。

この心でいれば、

その人の行動はおのずから、
調和した整ったものになり、

生活は楽しく楽になるに決まっているのである。

何故ならば、
守護霊、守護神、と真っすぐにつながり、

そのつながりによって、
その光によって、

業生の因縁因果の渦巻から
いつの間にか離脱でき、

分霊本来の光が直霊(神)につながり、

肉体をもったままで、
人間神の子の実観を、
真に体得できるのである。

守護霊を知らず、

守護神を知らず、

ただいたずらに、精神統一法をしたり、

座禅を組んだりした場合、

その精神統一で、
やや空(くう)になった肉体に、
幽界の魂魄(こんぱく)が感応してくる場合がある。

≪ 中略 ≫

私は、座禅したり、静座したりして、
心を空(くう)にする行法を採らない。

空観する場合は、
善き導師がいなければ危険である。

私は、ただ、素直に、
守護霊、守護神に感謝して

その人、その人の生活の業(わざ)に励んだほうが
楽に、自然に、神につながり、悟れる、と信じている。

いかなる困難な事態が
その人の前に起ころうとも、

守護霊の守りを信じ得る人は、
必ず、その事態は光明に転ずるのである。

≪ 中略 ≫

弘法大師が、同行二人(どうぎょうににん)、といったのは、

この人間生活は自分一人で生きているのではなく、

守護霊と二人連れなのだ、

神様と一緒に生きているんだ、
ということで、

キリストの、
神常に汝と俱(とも)にあり、
という言葉と同じである。

ただ、一般の人たちに、
神、という風に、

あまり大きな、
高い感じのものより、

守護霊という、

自分自身と直接つながりを持つ、

祖先のしかも力ある霊が

背後で常に守ってくれている、

と思うほうが
非常な親近感で、
念じやすく、

かえって神に統一する環境になりやすい。 』



< 感謝の言葉 >


皆様、ブログを見て下さってありがとうございます。

「 神と人間 」は、五井先生が一番はじめに書かれたご著書です。
本文の終わりの方の〝むすび〟の中で、こう書いておられます。

「 この書で私の一番知ってもらいたいことは、
  人間一人一人には必ず守護霊が守っていて、
  祈れば必ずなんらかの方法でその人の問に答え、
  あるいは導いてくれるので、
  その守護霊の注意や指導に素直にしていれば、
  必ずその人は人間の道を全(まっと)うするということなのである 」
                   ( 「 神と人間 」 99、100ページより )

〝守護霊〟という言葉は、以前から耳にしたことがありました。
霊能者の方などが、守護霊について様々な捉え方をしておられ、
そういう話を聞いたり読んだりしたことがあったのですが、
あまりピンときませんでした。
しかし、五井先生のご著書を読むようになってから、
五井先生が説いていらっしゃる守護霊守護神のことは、
なぜだか理屈抜きに信じることができました。
そして、信じれば信じるほど自分が変化してゆくことを、
はっきりと自覚できました。

守護霊様は祖先の悟った霊なので、非常に親しみを感じます。
私は、よく心の中で守護霊様と親しくおしゃべりしています。
おしゃべりしていると、肉眼では見えなくても、心の目で、
守護霊様をしっかりと見つめることができるからです。
そして、そのおしゃべりの中で、
「 よい想いも悪い想いも、すべて守護霊様にお預けします。
  どうか、業想念を全部消して下さい。
  一切のことを、み心のままにお願い致します 」
ということを、何度も何度も言っています。

守護霊様はやさしくほほえみながら聞いて下さり、
うなずいて下さっているように感じます。
その守護霊様の上には、神そのものの守護神様が
守って下さっているのですから、これほど心強い事はありません。

皆様、守護霊様守護神様はいつも一緒ですよ。
呼べば来て下さる、という神様ではなくて、
呼ばなくても一日中ずっと守り続けて下さっている神様ですよ。
でも……呼んだら……
呼んだら、どれほどその守りが強く大きくなるかわかりません。
呼べば呼ぶほど、感謝すれば感謝するほど、
守護霊様守護神様は、限りなく、
真の幸福への道を切り開いて下さいます。

最後になりましたが、

このブログを見て下さる全ての方の守護霊様守護神様、
本当にありがとうございます。

どうぞ、このブログを見て下さる全ての方の
天命が完うされますように

世界人類が平和でありますように



             世界平和
 

守護霊守護神に、いつも感謝していましょう

                     < 世界平和の祈り >

                  世界人類が平和でありますように
                  日本が平和でありますように
                  私達の天命が完うされますように
                  守護霊様ありがとうございます
                  守護神様ありがとうございます




< 五井昌久著 「 神と人間 」
   111ページ6行目から114ページ11行目まで (問答篇) >


『   人の一生は先天的に決定されているものであるか、
     後天的に変わり得るものかお教え下さい。

    人の一生は過去世(かこせ)の因縁によって、
     大体定(き)まっているものであるが、

その人が、守護霊、守護神に素直である場合、
または善なる意志力の強い場合、
祖先や父母が人を救っている場合、等の場合は、

後天的に運命が修正される。

私が常に人びとにいうのは、
守護霊、守護神に、いつも感謝し、祈っていなさい、
ということなのである。

守護霊、守護神といっても眼に見えるわけではないから、

そんなことといってしまう人はそれまでで、

素直に感謝していれば、
それは直接神への感謝になるので、

自分の過去世から犯して来た、悪行為、悪想念などから割り出されて、

一度(ひとたび)定まっているその人の悪い運命も
(善い行為、善想念による善い運命は、そのまま喜べることで、
別にいうことはない)
悪縁に触れず、

その果の出ぬように、出ても、不幸が軽く済むように、導いてくれるので、
そのまま、運命は修正されてゆくのである。

これは、神に素直である人の救われの道である。

意志力の強い場合、

これも真理に素直であることが根柢にないと、

意志力だけでは、定まった運命のままに、一生を終ってしまう。

善いといわれ、自分も善いと信じたことを、

その意志力にものをいわせ、
徹底してやってゆけば、
運命は変わってゆく。

祖先や父母が人を救っていた場合は、

この救われた人びとの感謝の想念が、
自然に、その子孫の因縁の現れを弱めてくれる。

また、その救われた人が霊魂である場合は、

霊界から直接応援して、
守護霊のように、その人を導いてくれる。

これは、その人の努力とは別個に、運命修正の力となる。

その理を知らなくとも、

人間は、愛と真(まこと)の行いをして、
人を救い、
自己を裁くことをも止めれば、
運命は善くなってゆくのである。


 生まれ変わる人と、生まれ変わらぬ人とは、
   どこが違うのですか。

  もう肉体界に生まれ変わらなくとも済む人は、

人間は神と一体なんだ、と自覚し、
行いも、そのようになり得た人、

この人は、直霊(ちょくれい)そのものと一体なのであるから、

肉体界にいて、因縁を超える経験を積む必要がなくなるから、
肉体界に出て来ない。

ただし自己が肉体界を救いたい、と望んで生まれてくる、
仏、菩薩(ぼさつ)はその限りでない。

また、いまだ、肉体解脱の境地にまで行かないけれど、

霊界にいても、残りの経験は積めて、因縁の世界を抜け得る、
と神より思われた者も生まれ変わらない。

その他は、生まれ変わって、
真の人間を知るための経験を積んでゆくのである。


  男性が女性に生まれたり、女性が男性に生まれ変わったりすることが、
   あるものでしょうか、お教え下さい。

  そういうことは随分多い。

それは、前生(ぜんしょう)において、

女性としての苦しみを味わいつくし、
男に生まれてくればよかった、と固く思いこんだ人、

または、その反対の場合、

あるいは、因縁解脱への経験を積みやすくするために、
守護神が、性別を変えて再生させる。

男性でいて女性らしい人や、
女性でいて男性の性格をもっている人などはほとんど、

前生と今生(こんじょう)との性別が変わっている人たちである。

霊そのものには男女の別はないので、

男女の別のあるのは、魂魄(こんぱく)の世界だけである。

観世音菩薩は男か女か、とよく問われるが、

観世音菩薩、すなわち神の化身は、
男女を綜合した現れで、
陰陽合体の絶対身である。 』



< 感謝の言葉 >

皆様、ブログを見て下さってありがとうございます。

新聞、ニュース等を見ておりますと、
色々なことで悩んでいる人が沢山おられますが、
男性に生まれながら心は女性のようであったり、
女性に生まれながら心は男性のようであったり、
ということで悩んでおられる人も多いようです。
今回の文章の中の、
「 男性が女性に生まれたり、女性が男性に生まれ変わったり
することがあるのでしょうか 」という問に対する答を読みながら
そういう方々のことを思いました。

五井先生がいつも教えて下さっているように、
〝人間は、本来神からきた光であって、
肉体はその一つの現れにすぎない〟
という事が分かれば随分楽になるだろうになぁ、と思いました。
また、守護霊守護神がいつも守って下さっている、
という事が分かれば、どれほど楽になるかわかりません。

「 人からへんな目で見られて嫌な想いをしたり、
  周囲の人に理解してもらえなくて辛い想いをしたり、
  色々苦しいことがあるかもしれないけれど、
  それは守護の神霊が本心を現すために、
  過去世の因縁を消して下さっているのですよ。
  消えてゆくにしたがって、本心(神様の心)が現れ、
  生命が光り輝いてゆくのですよ。
  また守護霊様は、この肉体界で生活した経験があるから、
  肉体をまとって生きている我々の苦しみ悲しみを、
  誰よりもよく分かって下さっていますよ。
  しかも祖先の悟った霊なのですから、
  子孫であるあなたを、愛してやまないのですよ。
  守護霊様が大きな光であなたを包み込み、
  その上から、さらに大きな光で守護神様が包み込み、
  あなたはいつも大慈愛の光に包まれ、守られているのですよ 」
  ………と、お伝えしたい………

そう思った時には、それを祈りに換えるようにしています。
「 人から理解してもらえずに悩み苦しんでいる
  全ての方々の、守護霊様守護神様ありがとうございます。
  どうか、どうか皆々様の天命が完うされますように
  世界人類が平和でありますように- 」 と。

最後になりましたが、

このブログを見て下さる全ての方の守護霊様守護神様、
本当にありがとうございます。

どうか、このブログを見て下さる全ての方の
天命が完うされますように

世界人類が平和でありますように


             世界平和

言葉以前の光の人になりましょう

                     < 世界平和の祈り >

                  世界人類が平和でありますように
                  日本が平和でありますように
                  私達の天命が完うされますように
                  守護霊様ありがとうございます
                  守護神様ありがとうございます



< 五井正久著 「 天の心かく在り 」
   152ページから157ページまで >


『 どういう祈り方をしても、
どういう想いで祈ってもいいけれど、

やがてそれが慣れてきて、
本当のことが判ってくると、

〝ああ自分はこの世にとって大事な者なんだな、

自分はつまらなそうな人間に見えるけれども、

実はつまらない人間ではなくて、

世界を本当に平和にするための菩薩の一人なんだ、

天使の一人だったんだ〟

ということが自覚されてくるわけなのです。

肉体人間としての自分は菩薩でないかも知れない、

だけれども、
世界平和の祈りをすることによって、

凡夫が、一般の大衆が菩薩に変わってゆく。

天使に変貌してゆくわけです。

もっと言い換えれば、
菩薩や天使と合体して、

この地球人類を救う大きな役目を、
自分が担っているということになるのです。

だから皆さんが何気なく、

世界人類が平和でありますように 
日本が平和でありますように
私たちの天命が完うされますように 
守護霊様、守護神様有難うございます

といっている祈り言は、

知らない間に、
自分を高い高い波動の世界に運びこんでいるのです。

皆さんが気がつかなくても、
そうなんですよ。

常に祈りをすること

一番大事なことは、常に祈りをする。

常に祈りに始まって祈りに終わる。

日常茶飯事が全部、
世界平和の祈りを根底にしてやってゆく。

その中で消えてゆく姿のような悪い感情が出たり、
あるいは人を憎む想いが出たり、
自分をダメだという想いが出たり、
間違ったことをしてしまったりしたら、

「 ああこれはいけないことだな、
  こんなことではいけない、
  これは消えてゆきますように、
  どうか神様、
  一日も早くこういう悪いものを消してください。
  もう再びいたしませんから、
  どうぞお願いします 」といって、

その想いもこめて、
その想いを消えてゆく姿として、

世界人類が平和でありますように、
という大光明の中に入れていると、

弛みなく、
常に入れていると、

知らない間に、
自分の体が光明燦然たる肉体になるわけです。

肉体がそのまま霊体のような、
光明燦然と光を放つ体になるんです。

世界平和の祈りが本当に軌道に乗ってくると、
自分の体から光がパーッと出てゆくわけです。

救世の大光明に合体して、
自分の本心の光も出てゆくわけです。

そうすると、
自分が言葉でとやかくお説教するんじゃなくても、

自分が気がつかなくても、
相手が浄化されてゆく、

浄まってゆく、
相手が立派になってゆくということになります。

声の言葉で相手を立派にするというよりも、

人格そのものが、

その人がそこにいることによって、
周りが浄まってゆく、

知らない間に柔和な、
いい人々に生まれ変わってくる、

というそういう人間に、
皆さんの一人一人がなることが一番大事なんです。

言葉以前の光の人に

声の説教というのには嫌がる人も随分あるわけです。

しかし、
柔和な、
温かい、
親切な人柄に接すると、

その人柄から発する光によって、

口をきかなくても、
ああなんて善い人だろうな、
とか好意を持つ場合が随分あります。

≪ 中略 ≫

言葉以前の光、
想念が光になっている。

言葉以前の自分の人格というものが、
光り輝いているようになれば、

〝あなた、こうしなければダメですよ〟
なんて言わなくても、

光が向こうに伝わっていって、
向こうは同化されてくる。

そういう人間に一人一人がなることが大事だと思うのです。

弛みない〝消えてゆく姿で世界平和の祈り〟を

そのためには、
弛みなく、
〝消えてゆく姿で世界平和の祈り〟をする。

消えてゆく姿というのは反省のことです。

これはいけないな、と反省して、
それを世界平和の祈りの中に入れてしまう。

そして日常茶飯事を続けていれば、

いつの間にか、
自分でなんとも思わないうちに、
知らない間に、

自分の魂は立派になっているし、
自分の行ないは立派になってゆくのです。

消えてゆく姿で世界平和の祈りをやっていて、
その行ないが立派にならないとすれば、

その人のやり方がどこか違っているのです。

例えば反省がないとか、
思い上がってしまったとか、
ということであって、

常に謙虚な気持ちで、

どんな時にも、
消えてゆく姿で世界平和の祈りをやってゆかなければいけません。

≪ 中略 ≫

そういう人が多くなればなるほど、

この地球人類は怪我少なく、
損害が少なく、

新しい波動に合わせて、
新しい世界を創ってゆける。

地球人類の天国を創ってゆけるわけなんですよ。 』



< 感謝の言葉 >


皆様、ブログを見て下さってありがとうございます。

今回書かせて頂いた文章の中で、五井先生は、
世界平和の祈りを祈る私達一人一人が、
〝言葉以前の光の人〟になることが大事だと話されています。
何も言わなくても、その人がそこにいるだけで
まわりが浄まっていく、というような、
言葉以前の人格が光り輝いている人間になることが大事だと。

また、そうなるためには、
常に祈りに始まって祈りに終わる、
日常茶飯事、全部世界平和の祈りを根底にしてやっていく、
ということが大事だと教えて下さっています。

さらに、お話の最後の方では、
「 消えてゆく姿で世界平和の祈りをやっていて、
  その行いが立派にならないとすれば、
  その人のやり方がどこか違っているのです。
  例えば反省がないとか、思い上がってしまったとか、
  ということであって、常に謙虚な気持ちで、
  どんな時にも、消えてゆく姿で世界平和の祈りを
  やってゆかなければいけません 」
ということもおっしゃっています。

以前入っていた宗教団体で、
「 私はもう体覚している 」と言っている人がいましたが、
その人を見ていて、立派な人とは思えませんでした。
これは、きっと守護の神霊が、
「 常に謙虚な気持ちでやってゆかなければいけませんよ 」
と、教えて下さっていたのだと思います。

そしてその、謙虚な姿勢を保つためには、
五井先生がいつもおっしゃっているように、
守護の神霊を思い、感謝しつづけることが一番だと思います。
いつも守護霊守護神にピターッとくっついて、
「 守護霊様守護神様、常に謙虚な気持ちで
  消えてゆく姿で世界平和の祈りをやってゆけるように、
  どうか、どうかよろしきように導いて下さい。もし、
  万が一、思い上がってしまうようなことがあったら、
  その時にはビシッ!!と喝を入れて下さい 」
とお願いしていれば安心です。

守護霊守護神様は、一日二十四時間つきっきりで、
消えてゆく姿で世界平和の祈りを指導して下さっている……
と言うより、一緒にやって下さっているのですから、
最高に心強いです。

最後になりましたが、

このブログを見て下さる全ての方の守護霊様守護神様、
本当にありがとうございます。

どうぞ、私達の天命が完うされますように

世界人類が平和でありますように



             世界平和



プロフィール

たかひろ

Author:たかひろ
昭和31年生まれ
職業 税理士
現在 兵庫県芦屋市在住
妻と二人暮らし
趣味 音楽鑑賞

    妻
昭和38年生まれ
専業主婦
趣味 ピアノ

≪このブログは妻との合作です≫

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