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世界平和の祈りは、どの宗教のかたもお祈りできますよ

                     < 世界平和の祈り >

                  世界人類が平和でありますように
                  日本が平和でありますように
                  私達の天命が完うされますように
                  守護霊様ありがとうございます
                  守護神様ありがとうございます




< 五井昌久著 「 霊性の開発 」
   172ページ4行目から16行目まで >


『 己が幸願う想ひも朝夕の世界平和の祈(の)り言(ごと)の中
の歌のように、

自分の全生活を
世界平和の祈り言の中に入れてしまい、

そこから神はからいによる生活に
おのずと光明化してゆく方法こそ、

誰しもが肯定しうる祈りの方法だと思うのです。

そしてそこから生れでる安心感こそ、
真実の安心立命の心の状態であることは、

私たちの同志の多くが体験していることであるのです。

まず自分の心から
不安の想い、
不幸の想い、
恨み妬みの想い等々の
業想念を消し去ることが、

世界人類を平和にする第一のことなのですが、

世界平和の祈りをしていれば、

自分と人類とのつながりが、
おのずからはっきりわかってくる、と同時に

知らぬ間に
光明波動を宇宙にひろげていることになるのです。

試みに〝世界人類が平和でありますように〟
の祈り言をつづけてごらんなさい。

いつの間にか心に光明が灯り、
安心立命の心境が開けてくるのです。

これは幼い児でも老婆でも
体験していることなのであります。

もう現代は宗教理論の時代でもなく、
難解な経文の時代でもありません。

誰れにでも容易に理解でき、

多くの人がなんでもなく
実行できる宗教の道でなければなりません。 』


< 五井昌久著 「 霊性の開発 」
   174ページから176ページまで >

『 まず宗教が世界平和を願う大眼目に一つになろう

世界人類が平和でありますように
日本が平和でありますように
私たちの天命が完うされますように

こうした三つの言葉を並べてみて、

この言葉を口ずさんでみて、

なんらかの疑義や不審がでるでしょうか、

難解な言葉があるでしょうか。

むずかしい文字も、
難解な意味もありません。

ただ文字がそのまま、
その言葉の意味を
読む人の心にきざみこんでくれます。

口ずさめば
その意味がそのまま
幼い子供の心にもしみこんできます。

ですから、幼児から老婆に至るまで、
世界平和の祈りを喜んでするのであります。

浄土門の人は、
世界平和の祈りの後で
南無阿弥陀仏と唱えればよいでしょう。

日蓮宗の人は
その後で
南無妙法蓮華経と唱えればよいでしょう。

キリスト教の人は、
世界平和の祈りにあわせて
主の祈りをすればよいでしょう。

この世界平和の祈りは、
いかなる宗教宗派とも
一つになり得る要素をもっているのです。

≪ 中略 ≫

今こそ、宗教が
各宗派という相対的な考えを捨て去って、

一つの目的、

つまり地上に神仏のみ心を顕現するために、

心を一つにしなければならない時代に
なってきています。

そして、どの宗派の考えも、

地上天国を考え、
世界人類の平和を願っていることには
間違いないのですが、

お互いが自分が一歩下がって、
相手と融合しようという気持を
もつことができずにいるのです。

それは各首脳部の
面子(メンツ)の問題もありましょうが、

実は、心を一つにして、
お互いの摩擦なしに祈れるような
祈り文句がないからなのです。

光の大進軍の先駆者  

今は大事な大事な時なのです。

自分の面子(メンツ)だの
教団の地位など考えているのは、
実に愚かなことであります。

人類の業想念は

今や表面に浮びだして、
地球の表面を蔽いつくしているのです。

その業想念波動を消滅しつくす方法は、
ただ一つしかありません。

それは人類の想いを、
守護の神霊のみ心と
一つにすることだけなのです。

人類の想いが
守護の神霊のみ心と一つになれば、

この地球界を蔽っている業想念はたちまち消滅して、
光明世界が現われてくるのであります。

その先駆は
まず宗教者がやらなければいけません。

各宗派の教義の違いなど、
今の時代には
枝葉末節的なつまらないことです。

どうでもよいことです。

≪ 中略  ≫

世界平和の祈りこそ、

自己の安心立命の道であると同時に、

世界人類を神の光明と一つにつなぐ
偉大なる祈りの方法なのであります。

どうぞ、その事実をよくつきとめられるために、

皆さんも世界平和一念の日常生活をお送り下さい。 』


< 感謝の言葉 >


皆様、ブログを見て下さってありがとうございます。

世の中には数えきれないほど多くの宗教宗派がありますが、
五井先生はこのようなお話をされています。

「 私の宗教は、どのような系列に入るかといいますと、
  神道的でもあり、仏教的でもあり、
  また、キリスト教的でもあり、道教的でもある、という、
  何経的にも片寄らない、万経融合的とでもいう
  宗教の道なのであります。この世的な言葉でいうと、
  世界平和を唯一の目的としている、という宗教なのです。
  世界平和というものを唯一の目的としながら、
  個人の本心の開発も出来、日常生活も平安になってくる、
  という教えを説き実行している宗教なのです。 」
               ( 「 神は沈黙していない 」40ページより )

又、〝ある人が五井先生の教えを知り今迄になく感動したのだが、
ある宗教を熱心に信仰してきたので、罪悪感を感じて悩んでいる〟
という問に対して、このように答えていらっしゃいます。

「 私の説いている宗教というのは、改宗ではなく、
  各人が、今日までたどってきた宗教の道をそのまま
  真実の神仏への道として、容易に誤たず歩み得るように
  教え導くものなのです 」  ( 「 続宗教問答 」213ページより )

「 世界平和の祈りは、あらゆる神々、あらゆる聖者が総協力して
  働いておられる、救世の大光明につながる祈りなのですから、
  世界平和の祈りをするところには、
  各教祖たちも必ずきておられるのですから、
  世界平和の祈りによって、各教祖の教えが、
  はっきりと生かされるわけなのです。 」
               ( 「 続宗教問答 」214、215ページより )

例えば、キリスト教を深く信仰していらっしゃる方が、
日常生活の中で五井先生の教えを行じていかれれば、
イエス様の、み心み光が、より強く感じられるのだと思います。

世界中の宗教宗派が一つになったらすばらしいな、と思いますが、
そのためには、自分自身がいつも守護の神霊に感謝し、
守護の神霊と一体になって祈り続けることが大事ですね。

世界中で様々な争いが起きています。
宗教の対立が絡み合っている争いもあるようです。
私は、昨年1月11日のブログに載せさせて頂いた、五井先生の
「 本心 」という詩を思い出すようにしているのですが、それでも、
〝何てひどい事だろう〟と色々な想い(業想念)が出てきます。
そんな時、そういう私の想いも、争っている人達の想いも、
みんなひっくるめて、丸ごと全部、
〝世界平和の祈り〟という光の洗濯機の中に投げ入れてしまって、
光の洗剤でみんなきれいに洗って頂きます。
「 守護霊様守護神様! 」と、全てを守護の神霊に託しながら。

まだ真理に目覚めていない人達に代わって、
世界平和の祈りを祈れる私達が日々祈り続けてゆけば、
次第に業想念波動が浄められていって、
やがては宗教宗派も調和し、
世の中の全てが調和してゆくのだ、と、堅く信じております。

最後になりましたが、

このブログを見て下さる全ての方の守護霊様守護神様、
本当にありがとうございます。

どうぞ私達の天命が完うされますように

世界人類が平和でありますように


             世界平和

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プロフィール

たかひろ

Author:たかひろ
昭和31年生まれ
職業 税理士
現在 兵庫県芦屋市在住
妻と二人暮らし
趣味 音楽鑑賞

    妻
昭和38年生まれ
専業主婦
趣味 ピアノ

≪このブログは妻との合作です≫

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